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「おおかた、犯人を取り逃がして息子に深い傷を負わせた、失態に対する自責の念ってやつだろうな。なまじプライドが高いやつは、折れる時はすぐ折れる」
善は遺書を残さなかった。当時遺体に事件性がないかを捜査した警察官たちも理知的な男の急な自死に首を傾げ、各種メディアが理由を巡って喧々諤々だったことを、風間もよく覚えていた。
「俺にだって妻も娘もいるから言わせてもらうが……取り逃がした犯人を野放しにしたまま自殺するなんて、探偵以前に事件を捜査する人間のタマじゃねえ。現に息子は今も、取り逃がした犯罪者の影に怯える生活だろ。探偵なら犯人を捕まえるまで執念深く噛み付くのが使命じゃないのか?」
元倉は刑事特有の凄みで風間をにらみ上げた。
「古代善は無責任な男。それが警察での評価だ」
「先生のことを悪くおっしゃるのはやめていただけませんか」
「あんたのことを悪く言ってるんだよ、風間さん。みすみす自殺を許し、その評価のまま十三年も放置しているのはあんただ。助手として古代善のそばにいながらいったい何をしていたんだろうな?」
風間は拳を握りしめる。元倉はわざと憎まれ役を買って出ているのだ。そう自分に言い聞かせる。
「その息子に対して同じ轍は踏みたかないだろ」元倉は窓にかけていた腕を引っ込めた。「腐りきらせる前によく考えろ」
助手席の窓が閉まった。
車が滑り出し、古代邸から遠ざる。車体が完全に見えなくなると、風間は握り拳を解いた。爪の痕が手のひらにくっきりと浮かんでいる。
刑事たちの意図に気づいた風間は顔をしかめた。
安田が筒木の名前を出したのも、元倉が下手に出て身を引いたのも、風間に罪悪感を刺激させるのも、すべては渚を家から事件現場に引っ張り出すための布石というわけだ。
怒りを煽り、助手が自ら探偵を連れ出すのを、彼らは待っているのだろう。
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