旅と春風と辞書

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『愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ。(岡本太郎)』  【告白】で一番最初に登録されたのはこの言葉だった。それが大体3ヶ月弱前。  けれどもそこから、【告白】の項目の異常は増大していった。  他の単語はせいぜい1~3個くらいの格言しか並んでいないのに、【告白】だけもう80個を超えている。それも1日1つずつ増え続けている。  他の単語とのバランスをみて削除するべきかとか、けれどもあるにこしたことはないから残しておくべきかとか、サークルでも少し話題になっていた。 「ねぇ、本当に誰も心当たりはないの?」 「ないよ、ねえ実森(みもり)、やっぱりユーザーの履歴からはわからないの?」 「ユーザー登録していないからね」  何度も確かめた。サークルのメンバーならユーザー登録をして気軽に追加しているけれど、【告白】の追加者はいつもanonymous(匿名)。つまりデフォルトの名前で、それが誰だかはわからない。けれども追加時間もだいたい固定だし、同じ人物だろうなとは思う。 「【告白】のところだけ編集できないようにすれば?」 「どういう理由で?」  それも考えたけれど、辞書の用例の追加自体は歓迎すべきことなのだ。  ただ、その量が多すぎて、少し気持ちが悪いだけで。  ずらっと並んだ【告白】に関する用例を眺める。それは確かに告白に関連する格言をひいたもので、それぞれは流麗で美しい言葉ではあるものの、この「かくしていた心の中を、打ち明けること」という単純な語彙の説明の下に兵隊が並ぶが如く一列に大量の並べてたてられてしまうと、一種異様なというか、一抹の圧迫感というか、そんなものを感じてしまう。プレッシャー?  だから結局前回のサークルの打ち合わせで議題にはのぼったけれど、結局保留にして次の回が開かれる、を繰り返していた。そしてそれがもうすぐ3回目。  告白。告白か。  私には好きな人がいる。だから余計に、その言葉たちが突き刺さる。  たくさんの言葉をながめ見て、結局はこれらは過去を振り返る言葉か未来を思うものなのだなと気がついた。 『チャンスが二度も扉をたたくと思うな。(Nicolas Chamfort)』 『後悔はやってしまったことにするものじゃなくて、やらなかったことにするものよ。だから私はチャンスがきたら必ずトライするの。(Cameron Diaz)』  どれもこれも、告白の効果に関するもので、告白をするかっていう悩み自体を示す言葉はない。この不安定でぐらぐらとする気持ちを後押しはしてくれそうだけれど、この気持自体に名前を付けるものではなさそうだ。  まあ、それはそう。  告白というのは一瞬で、そしてその一瞬で全てを未来か過去に振り分けるものなのだろうから。  先々週のサークルの新人歓迎会を思い浮かべた。
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