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プロローグ
父親から電話がきたのは七月だった。
『一輝の携帯が見つかったんだ』
「よかったね」と秀一は反射的に答えた。
明日からは期末考査が始まる。頭の大部分は苦手な英作文の問題に使っていた。
しばらくして、父親の沈黙に気づく。
「何かあったの?」
『——九我さんに相談してみようと思うんだが』
「光子さんに電話、代わろうか?」
父親はまた黙る。
秀一は、じっと次の言葉を待った。
自分もそうだが、父親も口が重い。
『そっちに行くから、光子さんたちの都合のいい日を、きいておいてくれ』
わかったと、秀一はスマホを閉じた。
——一年前に亡くなった兄のスマホが見つかった——。
それがいったいどうしたというのか。
遺品の整理でもしたら、出てきただけだろう。
秀一は兄が亡くなった日のことを思い返してみた——自分はあの場所に、兄のスマホを置いた。
考えているうちに思い出したくないことまで浮かんでくる。
最後に見た兄は、冷たく無慈悲な男だった。
部屋の外から足音が聞こえてきた。
秀一は耳をすます。
足音はなんの躊躇もなく通り過ぎ、隣の部屋に入った。
(……前は、帰ったらいつもノックして入ってきたのに)
距離を置かれ始めたのは、いつからか。
高校生になってからか、中学に入ってからか。
秀一は机から離れて、ベッドに上がり、壁に耳を近づけた。
隣からは何も聞こえない。
あきらめて、壁から離れた。
明日は中間で赤点をとった英語の試験がある。期末の結果次第では夏休みの部活動停止だ。
そんなことになったら、中学からダブルスのパートナーを組んでいるハルにドヤされてしまう。
秀一はテスト勉強に戻った。
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