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秀一②
上級生から早退の許可を得たらすぐに帰るつもりだった。
ところが部室に入った途端、いつもと空気が違っていた。
『OB達がやってくる』『珍しく鬼の正語さんがやってくる』と、先輩たちがピリピリしている。
かつてインターハイ常連校だったこの庭球部も、ここ数年は都大会一回戦落ちが続いていた。二、三年生がOBに顔向けできないのも無理はない。
秀一たち一年生は呑気に構えていられたが、先輩達の手前神妙な態度でいなければならず、とても早退を言い出せる雰囲気ではなかった。
「正語さんって、ぜんぜん怖そうじゃないな。すげえカッコいいな!」
華々しい戦績を残して卒業していったOBは今、試合の真っ最中。
ハルはそれを興奮状態で見入っているが、横にいる秀一はそれどころではなかった。
早く家に帰りたい。光子との約束を守りたかった。
「あの人、この学校に幼稚園からいるエリートらしいぞ。学校の創立者とも親戚だから顧問もペコペコしてんだな」
そういうハルも初等部からこの自修院にいる。
きっといい家柄なのだろう。
ハルとは小学生の時に通っていたテニススクールで出会った。
小六の時、『うちの中学に来い! 俺たちでテッペンとるぞ!』とハルは強引に誘ってきた。
苦労せずに入れてくれる中学校が近くにあるのに、受験なんて絶対嫌だと断ったが、それを聞いた光子が身を乗り出した。
『秀ちゃん、私立受験しなさい! 秀ちゃんの今の成績で公立に行ったって、どうせ落ちこぼれるのよ! あそこに入れば大学卒業までラクできるわよ!』
秀一は、しぶしぶ受験に承諾。
卒業生でもある光子の息子が山を張ってくれたおかげか、なんとか合格はできた。
だが成績は中等科入学以来進級スレスレ。
光子が言うほどのラクは出来ていなかった。
「……正語……さんに言ったら、早退、出来るかな……」
「やめとけ!」
おずおずと言ったら、ハルに一喝された。
「田舎から親父が来るぐらいなんだ! うちの親父も、たまに息子とコミュニケーションとろうとかすっけど、キモいんだよ。グレねーから、マジでほっといて欲しいよ」
親友ともいえるハルだが、秀一は身内のことはほとんど話していなかった。
ハルと初めて会った八歳の時、ハルは秀一の目を不思議そうに覗き込んできた。
『おまえ、ガイジンか?』
『違うよ。うちの田舎ではこういう目の色の人が産まれるんだよ』
秀一がそう答えると。ハルは感心したようにうなずいた。
『すっげー、キレイだな』
ハルはそれ以上秀一の生まれ故郷に関して、何もきいてこなかった。
秀一の青灰色の瞳のことで誰かがからかうと、いつもハルが怒り出すので、秀一は何も説明せずにすんだ。
秀一の故郷『みずほ町』と『灰色の目』とで検索をかければいくらでもオカルト的な記事が見つかるはずだが、東京に来てから秀一にそれを聞いてくる者はいなかった。
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