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野々花
目をきつく閉じて、男の動きに合わせながら喘いだ。
硬さに欠けるペニスが抜けないように、股間に力を入れ続ける。
男の汗が顔に落ちてきた。
(早くイケよデブ!)
顔を背けながらも、野々花は嬌声を続ける。
この仕事を早く終わらせるために。
汗まみれで腰を動かしていた男が、やっと最期の泣き声を上げた。
「……こわれちゃう……こわれちゃうよぉ」
智和が射精する時のいつもの言葉だ。
初めてこのセリフを聞いた時、野々花はおかしくって笑ってしまった。
そして今も、ぐったりとのしかかる智和の頭を撫でながら、野々花の口は緩んでいる。
(やっと終わった)
ちびでハゲでデブ。タチが悪くて、遅漏。おまけに十歳以上も年上。
それでも野々花はこの智和が、それほど嫌いではなかった。
いやむしろ結構好きかもしれないと、智和の頭を抱えながら小さくため息をつく。
少なくとも智和は、野々花が今まで会ったどの男よりも誠実に思えた。
それに、金回りもいい。
シャワーを浴び終えた野々花が部屋に戻ると、ホテルのローブ姿の智和が背中を丸めてソファに座っていた。
野々花は隣に腰を降ろして、智和の手元をのぞき込む。
智和は液晶の割れたスマートフォンを手にしながらつぶやいた。
「おかしいよね、これ……落としただけじゃ、こんなには割れないよね? 誰かが壊したんだよね?」
智和の息子、鷲宮一輝は去年八月、温室の中で熱中症で亡くなった。
まだ三十五歳だった。
ところが先週、行方不明だった一輝のスマートフォンが町外れの神社で見つかった。
智和が手にしているのは、そのスマホだ。
「あんな所に、誰が置いたんだと思う?」と、智和は弱々しく野々花を見た。
人の良さそうな下がり眉の男。
野々花は微笑みながら智和の股間に手を伸ばして、萎えたペニスを弄んだ。
「もう出来ないよ」
「まかせて」
智和からスマートフォンを取り上げると、手を引きベッドに仰向けに寝かせた。
睾丸を丁寧に揉みほぐしながら、縮こまったペニスを口に含む。
優しく舌を使いながら、野々花は死んだ一輝のことを考えた。
鷲宮一輝――不気味な灰色の目をした鷲宮家の跡取り息子。
人を見下したような目つきを思い出して、野々花は怒りにクラクラしてきた。
歯が当たったのか、智和がピクリと身じろぐ。
野々花は再びゆっくりと裏筋に舌を這わせた。
野々花がみずほ町に来たのは五年前。
誰も知り合いのいない自然豊かな土地に移って、店を持つのは野々花の夢だった。
役所からの移住支援も受けられて、全てが順調だった。
智和が野々花の店に入り浸るようになるまでは……。
小さな町ではすぐ噂が立つ。
野々花は後妻を狙う性悪女とのレッテルが貼られて、智和以外の客はピタリと来なくなった。
そしてある日、一輝がやってきた。
(あなたの身辺調査をさせてもらった。父にも全て話す)
野々花は目の前が真っ暗になった。
虚勢を張って一輝を見つめ返したが、足が震えそうだった。
一輝からだけでなく、町中から後ろ指をさされているような気がして、おびえた。
十八からピンサロで働き、二十でソープ勤め。
上下の口で男をくわえる仕事しかしてこなかった野々花は、金を貯めて過去を捨てて、みずほ町にやってきた。
この町に来て、やっと普通が手に入った。
願い続けたこの普通は、どんなことをしてでも守りたいものだった。
徐々に硬さを増す智和に吸い付きながら野々花は思う。
——鷲宮一輝がいなくなって、本当によかった。
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