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ロビンは、トムの金属粉で汚れた手から、手紙を渡してもらった。
送り主はケビン警部。スコットランドヤードだ。40歳を過ぎた警官で、主に捜査の難しい事件を担当している。
ロビンとは、父親とのつながりで知り合った。父親は、病理医として長年スコットランドヤードに貢献してきたのだ。息子のロビンは、よく父親のズボンに張り付いて、死体解剖を見学していた。
その名残だろう。今でも、医学的知見が必要な事件にはロビンが呼ばれる。正式には医師ではないため、捜査の参考程度しか発言権は無いが、幼いころから医学を身に着けた経験は買われている。
ケビン警部は、ロビンのことを『私立探偵』のように扱い、捜査の裏付けをする便利な道具として使っているのだ。ロビンもそれを分かっている。たとえ裁判で名前も出ず、事件が解決しても自分の名誉にならないけれど、貴重な経験と協力金が得られるのだ。
ロビンは急いで手紙の封蝋を開けた。
『ヒ素と見られる中毒死あり。死体の検死、並びに毒物の鑑定を依頼する』
日付は昨日だ。まずい、遅れた。
ロビンは手術に用いる緑色のコートを羽織ったまま、商売道具が入ったトランクを持ち、急いでスコットランドヤードを目指した。
下町は道が入り組んでいて息が切れる。一足駆けるごとにほこりが舞う。遠くにロンドン塔が見える。その昔、王室が不穏なシティを監視するために建造した塔だ。昔は動物園が併設されていたらしいのだが、不況のおり、閉園したようだった。
木材敷の狭い道路からマカダム敷の花こう岩で固められた主要道路に出る。町の喧騒が一気に広がった。おしゃべりをする使用人、牛乳売りの少女、トランプに興じるおじさん達。
綺麗に仕立てた服を着た、商人や弁護士風の男が歩いている。その間を縫って、大小様々な馬車が道を行きかう。スラムとは違い、中産階級の出入りがぐっと増える。
本来ならロビンもこの中産階級だ。外科医は内科医よりも地位が低く、医師たるもの、メイドや馬車を所有していないと信用が得られない。そうであっても、学問と実技を兼ね備えた職業として、中の上くらいには認められるのだ。
ただしそれも医師の免状があってこそ。現在のロビンは労働者階級に身を落としている。
息が切れてきた。
ロビンは軽量・オープン型馬車を呼び止めた。黒いコートを着た御者に、本当に金をもっているんだろうな、と疑わしい顔をされたが、銅貨を先払いして乗せてもらった。大声で行先を伝える。
ぴしり、と馬にムチが当てられ、馬車は夕暮れのロンドンを疾走した。
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