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ロビンは小鳥のさえずりで目を覚ました。黄色い霧の隙間から、カーテンのような太陽が光る。
「全く、わらわが階下で寝るなんて屈辱、初めてじゃ」
リリーがプリプリ起こりながら、階段を上ってきた。
「犬用布団で眠らされた。しかも朝食づくりを手伝わされるとは、文句を言いたい」
リリーが憮然とし、その後から綿の服装に身を包んだメイドが、こんがり焼けたパンとバター、薄めたミルクを銀の盆に乗せて歩いてきた。
「メイドさん、お名前は」
ロビンが問うと、
「アニスと申しますじゃ」
と返事が返ってきた。
20歳になるかならないかくらいだ。言葉の訛りがきつい。労働者階級の地区で生まれ、あまり高等な教育を受けていないのだろう。
ロビンはバター付きのトーストをかじり、ミルクで飲み干した。そばに死体がある状況には慣れている。アーロン氏をはじめ、男性陣は食欲が無さそうにもそもそとパンをかじっていたが、ロビンはいち早く朝食を終えた。
正式な医師が来る前に、やっておきたいことがある。
「リリー、また、死体の見分やってくれるかな?」
ロビンの頼みに、リリーは露骨に嫌そうな顔をした。
「またわらわが死体に噛みつかねばならぬのか。こんなことは御免じゃ」
やっぱり、とロビンが思うと、リリーが上目遣いをした。
「じゃが、新鮮な血を飲ませてくれるのなら、考えんでもない」
良い取引だ。貧血にならない程度なら、大丈夫だろう。
「分かった。その条件で、頼むよ」
「よし」
リリーは薄紫のドレスのすそを振りかざしながら、現場へ向かった。
途端に、声が上がる。
「何するのじゃ!」
驚いて見ると、リリーが警備の警官に、抱きかかえられていた。
「子供が見る所ではないよ」
警官が、リリーを追い払う。
しまった。リリーの存在は、ケビン警部をはじめとするごく少数の者にしか知られていない。
ロビンは急いで、警官が詰めている部屋へと向かった。顔見知りの警官が多かった。
「災難だったな」
「相手は男爵だ。あまり先走ったことはするんじゃないぞ」
軽口が飛んでくる。
「ケビン警部」
ロビンは筋肉質の責任者を見つけ、声をかけた。
「僕とリリーで、もう一度部屋と遺体を見分したいのですが」
警部はううん、とうなり、
「部屋に忘れ物をした。という口実で見せてやろう。ただし、時間は30分程度だ。何しろ、君たちの活躍を知る者は、ヤードでもごく少数だからな。普通に見れば子供が二人、現場をうろついてるとしか見えんから」
助力が得られた。ありがたい。
警部はロビンとリリーを廊下に残し、警備の警官に耳打ちした。警官は明らかに嫌そうな顔をしたが、ケビン警部が何か弱点を突いたのだろう。不承不承、事件現場への立ち入りを許可した。
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