外科医の息子

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外科医の息子

 ガス塔に照らされて、夕暮れのテムズ川がぼんやりと見える。もうすぐ新世紀を迎えるというのに、川沿いの住宅地はまるでスラムだ。  ジンの安酒をあおる髭を伸ばした中年。花を売る幼い少女。カキをかごに入れ、大急ぎで主人の元に帰るメイド。  どの服も、日々の汗やほこりにまみれて薄汚い、ネズミ色に変色している。  ロビン・ウィリアムは緊急の切開手術を終え、シティの道路に出た。普段はスラムにまで立ち寄ることは無いのだが、高い給料に惹かれてはるばる手術を行った。  ロビンは16歳の、外科医の息子である。幼いころから父親に医術のノウハウを叩きこまれたため、一通りの医療技術は身に着けた。だが、正式には外科医師ではない。  父親が肺結核で早逝したため、十分な勉学の資金が無かったのだ。当然大学への道は閉ざされる。  教育の初等過程はガヴァネス(家庭教師)に習い、成長してからはカラアス寄宿学校で学んだ。寄宿学校といえばイートン校が有名だが、あのクラスに通うには、貴族の子弟か最低でも上流階級(ジェントリ)の身分が必要になる。  カラアス寄宿学校は名門校のようにラテン語やギリシャ語のような古典的な学びよりも、数学や物理学など、実学を重視していたため、ロビンには向いていた。楽しい寄宿舎生活を送っていた。  しかし、その生活も父の死と、後を追うように母の病死で終わりを告げることとなった。  遠縁の親戚にあずけられたロビンは、父の稼いだ財産だけをむしり取られ、この身一つでロンドンに放り出された。生きていくすべは、父に教えられた医術の知識と腕一本。  幸いなことに父親が名医であると評判だったので、ロビンにも医者としての依頼が多数舞い込んだ。正式な医者ではないため、給金は安くとも限らないという下心があったにせよ、この二年間は仕事にあふれ、知識と経験を積むことができた。  いつかお金をためて、大学に通って医師の免状を取りたい。それがロビンの夢であった。  現実にも、ジェイムズ・バリーという、15歳でエジンバラ大学から医学博士を授与され、活躍した人物がいる。  同じような年齢なのだ。がんばれば道は開けるはず。 「ロビン兄さん、仕事だよ」  路地裏から、トムの声がかかった。声変わり終盤だ。  トムは労働者階級の、鍛冶屋の息子。ロビンのことを「兄さん」と慕う明るく楽しい少年だ。  よれよれのシャツに古びた半ズボン、膝にはいつついたのか、青いあざがあった。貧乏だが、革靴を履いている。裸足で街をうろうろする浮浪児とは一線を画していた。
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