黒猫と天使。

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 シルフォールの街には広場がいくつかある。中でも一番大きなのは街の中心にある中央広場だ。大きな噴水と王家の紋章であるウサギが刻印されたオベリスクが聳えている。音楽隊や小さな劇団が公演できる舞台があり、観光に来たらここは外せないと言われている賑やかな場所だ。  モノクロはエルトルの頭の上で丸い体を限界まで伸ばし、広場を見回して一声鳴いた。 「石段の隅? あ、いたいた」  エルトルが指差す方に、それらしき少女が膝を抱えて座っていた。舞台を見ているようだが、途方に暮れているようにも見える。ドロップはエルトルと顔を見合わせ、財布をモノクロに託すことにした。 意を介したモノクロは軽快に飛び出し、跳ねるようにして少女のもとへ辿り着いた。  遠目に、少女が驚いた後で安堵を露わに破顔したのが見てとれた。得体の知れない生物相手にぺこぺこと頭を下げるその姿は、いかにも純朴という言葉がよく似合っていた。  モノクロはぴょこぴょこと跳ねて駆け戻ってくる。その後ろ姿を少女は目で追っていた。  一陣の風が広場を撫でるように吹き抜けた。  少女の長い髪が風になびいて揺れる。桃色の、艶やかな髪だ。揺れるたびにその流れの中で光が踊る。その光景が妙に美しくドロップはしばし目を逸らせなかった。  やにわに、風で煽られたフードが捲り上がり静かだが確かな音を立てて、彼の銀髪を露わにした。少女の楕円形の瞳が見開かれるのと同時に、堅く太い声が広場に響いた。 「見つけました!!」  屈強な身体つきの兵がのしのしと近付いてきている。彼の一声で気付いた者たちも続々と集まり、ドロップの周りを包囲し始めた。  じりじりと退路が狭められていく。兵の中でも一際体格のいい男が進み出て跪いた。 「ご無事で何よりでございます。さぁ某がお送り致しますゆえ……」 「エルトル、飛べる?」  話を遮り、ドロップは包囲の奥を目で示す。エルトルは事も無げに頷くと、いちにのさんで踏み出した。たまたまか、わざとなのか、跪いた男を踏み台に踏ん張る脚に力を込める。跳躍に踏み切る脚に風を纏い、軽やかな弧を描いて彼は包囲を抜けた。 ドロップは頼もしげにそれを見た後で、自分も続いた。さすがに兵を足蹴にすることは無かったが、伸びてくる腕をひらりとかわしてどこか遊んでいるようだ。  エルトルと連れ立って通りを駆ける。後ろから前から彼らを捕らえんとする兵は次々とやってきていた。それをひょいひょいとかわしながら、彼らは駆ける。 「兵たちとまともに追いかけっこしたら、あと十分で体力の限界かなぁ」 「僕もうダメかもー」  ということで、とエルトルはぴたりと足を止めた。 「ドロップくんはそっちの裏通り行って。そこの家の脇、細いけど通れるから。そこから西門目指して、門についたら近くの樫の木を伝って隔壁を越えられるよ」 「君は?」 「うまくいったら王子様の旅立ちくらい、見送りにいくよー」  ひらひらと手を振った瞬間、彼の体が不自然に揺らいだ。陽炎のように揺らめき、姿が見えない。 揺らぎが消えて姿を現したのは、ドロップと寸分違わない何者かだった。  もう一人のドロップは軽く咳払いして口を開く。 「どうかな?これでしばらく引きつけておけるよね」  声も完全に変わっていた。  変化術だ。ドロップが得意とする召喚術に次いで難度の高い魔法とされている。下手をすれば変化を解けなくなることもある、危険が伴う魔法だ。服を着替えるように簡単に姿を変えた彼にドロップは興味をひかれた。 「西門でまた会おう」  二人の王子はそれぞれの方向へ駆け出した。一人は影の中を滑るように、もう一人はできるだけ目立って兵を背負って街を駆けた。
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