始める日。

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 夜明けの空が白い。  風に煽られ、彼の銀髪が逆立つ。  左耳に付けた耳飾りが、揺れるたびに眩しく光った。  庭園の石畳に彼の片足が着く。それは驚くほど柔らかく、音もなくふわりと軽やかな着地だった。誰もいない庭園に彼は「ありがとう」と囁く。  こぼれていた花弁を巻き込んだ風が、ヒュウ…と彼の足下を回って吹き抜けていった。  庭園を抜けて、彼は城の離れにある塔へと向かった。この辺りは城のお抱えの魔法使いや研究者が集まる区画で、朝が早いのか宵っぱりなのか、既に結構な人の気配がした。  目指す塔は元々は書庫だった。三階建てで全ての棚が書物で埋められている。城にいる者なら誰もが閲覧できるようになっており、禁書の類はここには収められていない。  この区画の者が利用する頻度は高く、居合わせれば研究者たちから興味深い話を聞くこともできて、王子は幼い頃からこの塔がお気に入りだった。  しかし近年は少々様子が変わってきている。  本来、この塔は本を所蔵するだけに存在していて、たいていの者は目当ての本を自室や研究室に持ち帰って読むのだ。ところがここ数年、それを拒む者がいた。  塔の最上階の扉から灯りが溢れている。やっぱり、と独りごちて王子は軽いノックとともに扉を開いた。
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