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一日の始まりを告げる鐘の音が城下シルフォールに響く。
この魔法で栄える大国フランシス国の首都であり、王城を擁する街シルフォールは、住んで良し訪れて良しと他国にも評判が轟く大都市だ。
人々が溢れ始めた通りを、少年は苦もなく隙間を縫って進んでいく。彼の名はドロップ。ドロップ・エス・フランシスという。国の名を冠するのは、彼がこの国の王子で王位継承者であるからである。
今、王城は誰かの悪戯な魔法により混乱を極めている。それと同時にその犯人……、ではなく、消えた王子を探しているらしい。そして、その王子というのが今この街を優雅に闊歩しているドロップなのである。
「さて……。当面の旅支度はこれで間に合いそうだ」
持って来た荷物を背負い直して、ちらりと辺りを窺う。
見回りの兵の姿は見えない。だがじきに統制を取り戻した城からお達しが届き、兵も増員されるであろう事は容易に想像できた。
そして最大の難関は街を抜け出す方法だった。出入口となる門には常に衛士がおり、街に出入りする顔ぶれを厳しく見守っている。以前ドロップがこっそり抜け出そうとした時には、あっさり捕まって城に送り返された。今日のような場合、警備はさらに厳しくなっているだろう。
ドロップは空を仰いだ。
「上から、か」
空を飛べるものを喚び出してみるか、浮遊する魔法を使うか。方法はあるが、如何せんここは人が多い。立ち並ぶ商店に、行き交う人々。なんの変哲もない日常がそこにあった。自身の旅立つ羽音で彼らの生活を脅かすことのないよう、彼の願いはそれだけだ。
ふと、見遣った前方から一人の老爺が歩いて来た。杖を支えに頼りなく歩いてくる。幾人もが彼を追い抜いていく中で、同じように後から走って来た者が今まさに老爺にぶつかった。杖を取り落として彼はよろける。
「わっ! おじいさん、ごめんね!」
倒れる寸前で老爺を支え、ぶつかった人物は怪我がないか体をさすって尋ねていた。
老爺が笑顔と身振り手振りで無事を伝えるのを確認すると、その人はもう一度頭を下げてからまた走り出した。何も変わりない、よくある日常ではあったがドロップは走り去った人物を追いかけていた。
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