AM 9:30

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AM 9:30

 あの時の言葉を今も大事にしている。  息を切らしながらその肩を掴む。振り向いたのが炭澤で、その目元が紅くて、丸くした目が大きくやはり美しかった。 「え、なに」  それは一瞬で、ひくと目じりを痙攣させながら炭澤は俺の手から離れていく。 「……聞いておきたくて」  帰る、と言ってさっさと家から出て行った炭澤を追いかけたけれど見つからず、考えてみれば炭澤の家も知らないのだと不安になった矢先に、駅で見かけた。  子供ができたから、もう会わない、という彼女に。 「なにを?」  冷たい声が震えている。震えているのは声だけなのか、それとも身体も。 「これからどうすんの、とか」 「氷高に関係なくない?」 「子供の親って誰? そいつと結婚すんの?」 「だから、氷高には関係ないでしょ?」  その冷たい面に、俺は正直怯えた。  炭澤は明るく、親切で、周りと大差ないように合わせているだけで、本当は一人が好きで、誰とも群れたくない人間だ。  だから、深く突っ込めなかった。何も聞けなかった。でも、今は聞ける。まだ炭澤はここにいるから。 「関係ない……氷高の子じゃないんだから……」  こちらを見上げた大きな瞳が潤む。  それを見て、腕を掴み、駅舎の壁の方へと寄る。想像したより腕が冷たく、自分が来ていた上着を脱いでかけようとする。
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