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「はぁぁぁぁ……」
「どうなさったんですの?」
ヒロインのユミィが特大のため息をつくと、悪役令嬢のアリシアが心配そうに声をかけた。
婚約破棄未遂パーティーをきっかけに、前世の記憶を取り戻したアリシア達は一気に親しくなった。
「あれ、どうしたんだよ」
騎士団長の息子であるリカルドが顎で示した先には、テーブルに突っ伏するアリシアの親友、侯爵令嬢マーガレットの姿があった。
「俺は、俺は、社畜のおっさんだったんだよ。それがなんで……」
キノコでも生えそうな様子で、なにやらぐちぐちと呟いている。
「確か、隣国の王子から結婚の申し込みがあったということですけれど」
「マリッジブルーってやつ?」
きょとんとした様子で、ユミィが首をかしげる。
たいそう可愛らしい仕草ではあったが、中身が孫ひ孫合わせて十六人のおばあさんだと聞いてからはリカルドもときめく事はなくなった。
「なんで、おっさんの俺が、イケメンで金持ちで優しくて、剣の才能も魔法の才能もあって人望もある完璧な王子様に溺愛されないといけないんだよぉぉぉ!」
本人にすれば真剣に悩んでいるのだろうが、「あの第二王子」と不本意ながら婚約継続中のアリシアや、うっかり恋に落ちてしまったユミィにしてみれば、「なに、マウント取りくさってくれてんだよ、ああ?」と言いたくなるような愚痴であった。
ちなみに、その第二王子は監視つきで離宮に軟禁中である。
「話は戻りますけれど、ユミィ、何か悩みでもあるのかしら?」
「悩みというか……」
はぁ、とユミィはまたしてもため息をついた。
「前世の記憶を取り戻してから、夜中、ふと思うの……」
「ユミィ……」
「……ラーメン食べたい」
「「それな!」」
この世界は、決して食事が不味いわけではない。
ただ、日本人として慣れ親しんだあの味が無性に恋しくなるのだ。
「俺、カレー! カツカレー!!」
「私は、たこ焼きかしら……」
「だったら、お好み焼きも!」
「お煎餅が食べたぁい!」
「私、餃子もいきたいですわ」
いまだテーブルに伏せたままのマーガレットはさておき、三人でひとしきり盛り上がる。
だが。
ふと我に返り、顔を見合わせてため息をついた。
「カレーは難しいですわね……」
「香辛料は、別の大陸からしか入ってこないもんね」
「米もないしなぁ」
「ラーメンはいけなくもないか……?」
「小麦粉は手に入りますけれど、味噌や醤油もありませんし……」
「たこ焼きも、この国って海がないからねぇ」
「そういえば……」
ふと思い出して、アリシア達はマーガレットの方を見た。
確か、隣国は海に面していて他国との貿易も盛んだったはずだ。
山間部の一部地域では、稲も栽培していると聞いた事がある。
「マーガレット」
アリシアが、優しくマーガレットに声をかける。
「ん、何?」
「少し、お話がありますの」
この国で飯テロ革命が起きる事は、そう遠くない未来であった。
「だから、俺はおっさんなんだってぇぇぇ!」
一部で多大なる犠牲を払うことになるのは、また別の話である。
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