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◆私の夫 * 弥衣
店の外で電話に出ていた一俊は席に戻るなり、にやにやしている。
「なによ、誰から電話だったの?」
「彼女」
「あー、そうですか」
ここはとりあえずチェックインしたビジネスホテルの近くにあるカフェ。
一俊がまだこっちにいるので、夕食に誘った。一俊にはこっちに恋人がいて、昨夜はデートだったらしい。
「あれ、もしかして約束してた?」
「いや。彼女はバイトだからさ」
「ふぅん、ならいいけど」
邪魔しちゃ悪いもんねと思いながら、ため息をつく。
一俊の彼女は、我が家が最悪の時に一俊がバイト先で知り合った女の子だ。
明るくて前向きでずっと一俊を励ましてくれていたらしい。私も会ったことがあるけど、とってもいい子である。
弟よ、せめてあんただけでも幸せになってくれ。
「姉ちゃんさ、それで何があったの?」
「え? ん、別に?」
食事に誘ったはいいが、マンションを出てきたとは言えなかった。
喧嘩したとか言えばいいのかもしれないけれど、そんな元気もない。
心細さのせいか両手をすりすりしてハッとした。
あ……。
しまった。左手の結婚指輪を置いてくるのを忘れた。
「尊さんと喧嘩でもしたの?」
「してないよ? 尊さんってさ、優しいんだ。とっても。ちゃんとしてるんだよ? 食べた後の食器は自分で片付けるの。誰かみたいに脱いだ靴下そこら辺に脱ぎ散らかしたりしないし」
「なんだよのろ気に来たのか」
「えへへ。グラスワインで酔ったのかなぁ」
あーあ、これからどうしよう。
まずアパート探して。仕事探して。
その前に、離婚届貰ってサインして送っておかなくちゃ。
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