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『株式会社 ツキシロホールディングス』肩書は副社長。
世の中に疎い私でも知っている。ツキシロといえば巨大企業で、ツキシログループのうちの大手ゼネコンだ。
ツキシロで月城。どうみても若いのに副社長。それだけ条件が揃うのだから、月城家の御曹司に違いない。
少なくとも借金取りではないようなので、チェーンを外して「どうぞ」と促した。
アパートは六畳と四畳半の二間という古めかしい間取り。カラーボックスと食器棚があるだけで、壁際の祭壇というにはささやか過ぎる一角に、母の遺影が飾ってある。
その前に私が座布団を置くと、彼はそこに座り、私が火をつけたロウソクで線香を焚いた。
その間に私は洋服ダンスにもなっている押し入れからハンガーを取り出した。
格好悪いけれども、上質で滑らかなカシミアのロングコートを掛ける場所は鴨居のコーナーハンガーしかないのだから仕方がない。
手を伸ばしてハンガーを掛けた時、彼のコートからフワリと清涼感のあるウッディないい香りがした。
ランニングから戻った時の弟の汗臭さとはずいぶん違う。同じ男性の匂いなのにこうも違うのか。
さすが御曹司と感嘆のため息をつく。
母の遺影に向けて神妙に手を合わせている彼の後ろ姿をちらりと見て、私はお湯を沸かした。
ちょうど奮発して買っておいた母が好きな緑茶がある。インスタントコーヒーよりもいくらかマシだろう。
それにしても――。
『佐藤智子さんの遠縁にあたるものです。』
月城家が遠縁って、どういうこと?
漂ってきたお線香、白檀の香りを感じながら私は考えた。
月城の月の字も母から聞いた記憶はない。
こんな有名資産家に縁者がいるなら、なぜ母は頼らなかったのか。我が家がこんな状況になる前に――。
ついそんなふうに思ってしまう。
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