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28-2
第一セットの終わり際、ニーさんは肩で息をし、全身から汗が吹き出していた。体力を削ることはできているようだが、プレーの精細さは衰えていない。
ニーさんが両腕をぶるぶるっと振ると、汗が体育館の床に飛び散った。
「辛うじて人間をやってるね」
ベンチに戻るなり、曜さんがニーさんをそう評した。
「後三年もすれば人間やめるんじゃない?」
ニーさんは、曜さんがここまで手放しで褒めるような選手なのだ。
「で、勝つ見込みは?」
さすがの曜さんも打つ手なし、とでも言いたげでいつものような自信満々の表情をしていない。
「一〇〇パーセント」
そんな曜さんの様子を気にすることなく、千屋さんは言い切った。
「強気なのはいいけど、具体案が……」
曜さんが千屋さんを咎めるような口調で言ったが、それは審判の笛に遮られた。第二セット開始だ。
「とりあえず、体力を削ろう。北原さん引き続きよろしく」
あたしはコートに入りながら指示を飛ばし、北原さんは頷いた。
千屋さんは一〇〇パーセント勝つ、と言っていたが、確信しているわけではないはずだ。その理由にニーさん攻略のための指示をなにも出していない。千屋さんはもう、一人で全部なんとかしようとする選手じゃなくなった。その千屋さんがなにも言わない。千屋さん自身、打つ手がないのかもしれない。
第二セットのサーブ権は銀渓からだ。
ニーさんがトスをし、北原さんの幼馴染みがサーブを打つ。ボールはまたも左サイドライン上に飛んできた。
こうも毎回同じコースに飛んでくると、先回りできる。あたしはサーブが打たれると同時に動き出していて、右足でレシーブをした。そのまま千屋さんへトスを上げる。
千屋さんが空中で回転し、すかさずニーさんがブロックへ跳ぶ。
千屋さんが勢いよくアタックを打ったかに見えたが、ボールにバックスピンがかかりながらゆっくりと相手コートへ返った。
ボールは北原さんの幼馴染みの目の前に飛んでいき、足がボールに当たった瞬間、素早い動きを見せるニーさんの足がぶつかり、ボールはニーさんの手に当たった。
千屋さんの不思議なアタックで先制だ。
「だから、私が取るって」
「すみません」
ニーさんの苛立ちに、北原さんの幼馴染みは完全に萎縮している。銀渓の部長とは違い、北原さんの幼馴染みは年下だからなおさらだろう。
「今の変なアタックはわざと?」
あたしが千屋さんに聞くと、
「私があんなしょうもないミスをするとでも思ってるの?」
「まさか。意図が分からないんだよ、意図が」
「偶然だけど、第一セットでレシーブするときバッティングしてたでしょ。それを狙った」
普通の人には取れないけど、ニーさんなら取れる場所にボールを落とすことで他の人とレシーブがぶつかることを狙ったわけだ。これならニーさんの体力を削りつつ、点を取れる場合もある。
あたしも同じことをするべきかと思ったが、千屋さんほど器用じゃない。そもそもアタックを力強く打つことしか練習していない。練習していない技をいきなり試すほどあたしはばかじゃない。
「ニーさんみたいなタイプの思考は手に取るように分かる。逆転するよ」
千屋さんが自嘲気味に笑った。
千屋さんの言葉にあたしと北原さんはにわかに活気づいた。続く銀渓のサーブもあたしがレシーブし、千屋さんが同じ要領で点をもぎ取った。あたしたちは点を、ニーさんは苛立ちを募らせていく。
銀渓最後のサーブはまたもあたしがレシーブと千屋さんへトスをした。
同じ攻撃を警戒してか、ニーさんのブロックがわずかに低くなった。それを見逃す千屋さんじゃない。今度は鋭くアタックを打ち、3対0。千屋さんにより、あたしたちは完全に息を吹き返した。
サーブ権が今度はあたしたちに移る。ここは大事な場面だ。ニーさんのアタックを止められなければまた振り出しに戻ってしまう。逆にニーさんのアタックを攻略できればこのセットどころか、日本一にぐっと近づく。
北原さんのサーブはニーさんへ飛んでいった。ニーさんが一人でレシーブ、トス、アタックとつなげていく。第一セットからほとんど一人でプレーしているのに、パフォーマンスは落ちてくれない。
ニーさんは千屋さんのブロックをものともせず、次々と点を決めてくる。ようやくあたしがボールに触れられるようになってきたが、ニーさん攻略にはほど遠い。
結局ニーさんが三連続得点とし、3対3。世の中甘くない。
「三点ずつ取っていけば、あたしたちが先にセットを取れる。粘るよ」
あたしは二人に発破をかけると千屋さんは、
「いいこと言うじゃん」
と、余裕そうな笑みを浮かべた。
千屋さんは強打とフェイントを上手く使い分け、ニーさんに負担を強いていく。時折あたしもアタックを打ち、ニーさん一人をひたすら走らせる。
あたしのアタックはほぼニーさんにブロックされるが、千屋さんがきっちりレシーブしてくれるから安心して打てる。
あたしたち全員で三点取っては、ニーさん一人で三点を取り返す。
あたしたちにサーブ権がある限り、ニーさんは確実に得点する。銀渓にサーブ権がある場合、一回だけミスして相手に点が入ってもそれ以外でミスをしなければあたしたちが先に勝つ。そのことをあたしが言わなくても千屋さんはもちろん、北原さんも分かっているのか、集中力が伝わってくる。
21対19。第二セットを取り返した。勝負は第三セットだ。
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