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差し出された手。
不安に揺れる瞳。
彼女の求めに応じ抱き寄せる。
小さな身体に宿る確かな温度。
この上ない幸福の笑みを浮かべ、彼女は目を閉じた。
それ以上でも、それ以下でもない、私たちの関係は。
いつまで続くのだろうか。
【 理性 】
凛は若い。
まだ未成年だ。
現在の法律では結婚できる年齢なのだが。
彼女には全く『その気』が無い。
まるで幼子のように私にくっついて来る。
そこが可愛いと言えば可愛い。
しかし、私も男。
愛する相手と結ばれたいと思うのは仕方ない。
仕方ない、という気持ちを理性で包み隠す。
強引に事を進めて彼女に嫌われたくなかった。
「及川さんは私に興味がないみたいなんです」
買い出しから店に戻ると、凛が柳に相談していた。
思わず盗み聞きしてしまう。
「んなことねーだろ。あいつバリバリ現役だぜ」
柳、言い方を考えろ。
「何でそう思うんだ?」
「だって。キスもしてくれないし」
……しても良かったのか?
「え。マジか。付き合ってもう半年経つよな」
「マジです。だからきっと私に興味ないんです」
妙な誤解をされている。
上手くフォローしてくれ柳。
「あいつ凛ちゃんに惚れてるから。大切にし過ぎてんだと思うぜ」
「そうでしょうか」
「相当ガマンしてんだよ」
その通りだ。必死に堪えている。
「きっと浮気してるんです」
……どうしてそうなる。
「色っぽい大人のお姉さんとイチャイチャしてるんです」
「まあ、あいつ女好きだからな」
……柳!
「だから子供な私としたくないんです。そうに決まってます」
「凛ちゃん魅力的だけどな」
「どこがですか?」
「小さくて可愛いと思うぜ」
柳。何処を見て言っている。
「……及川さんは環さんみたいに大きいのが好きなんですよね」
そんなことは無い。
「俺は小さいのも好きだけどよ」
お前の話は聞いてない。
「どうしたら色っぽくなれますか?」
色っぽくならなくていい。
今のままでいい。
「そうだなぁ。下着姿でウロウロしてみるか」
「っムリです!」
「環はいつもそうだったけどな」
「……そうなんですか?」
凛に余計な情報を吹き込むな。
「それでも及川さん、環さんと何もなかったんですよね」
「そうだな」
「……及川さん。そもそも女の人に興味ないのかも」
更に誤解された……!
「だけど私が可哀想だから付き合ってくれてるんですよ」
「違うと思うけどな」
「それならそれでハッキリと言って欲しいです。頑張って諦めるから」
諦めなくていい。
「じゃあ俺と付き合う?」
何を言っている柳。
「俺なら安心だろ。凛ちゃんも」
「……そうですね」
待て待て待て。
どうしてそうなる。
「ちゃんと及川と別れてからな」
「……はい」
そこで話は終わった。
私は聞かなかったことにして、今戻ったフリをする。
その日の夜。
凛は私に話があると、思い詰めた表情で言った。
……来た。別れ話か。
「……私、他に好きな人が出来ました」
「……そうなんですか」
「だから、私と別れてください。っていうか、そもそも私たち恋人だったのか微妙でしたし。別れるって言うのも変ですけど」
「凛さん」
「今まで付き合ってくれてありがとうございました」
そう言って凛は深々と頭を下げた。
丈の長い服の裾を握る手は震えていた。
彼女を、ここまで追い詰めたのは私だ。
大切にするだけが愛ではないと知った。
「分かりました」
私が言うと、凛は糸が切れたように床に座り込んだ。
そして子供のように大きな声で泣き始める。
お互い心にも無いことを言って。
簡単には離れられないと知っているのに。
「……イヤです……イヤです!捨てないでください!」
捨てられそうなのは私の方なのに。
凛は私に捨てられると思っている。
「何でも素直に聞きます……我慢します!だから……」
彼女を苦しめていた自分が許せなかった。
私に彼女を愛し続ける資格はあるのだろうか。
泣き顔で私を見上げて。
凛は絞り出すように言う。
「……傍に居させてください」
そんなにも私を想ってくれているとは思わなかった。
若気の至り。一時の気の迷いだと思っていた。
だから。彼女が本気で誰かを愛した時に後悔しないようにと。
私は何もしなかった。
【初めて】は特別なものだ。特に女性にとっては。
彼女の大切なものを奪う勇気は無かった。
愛しているから。
傷つけたくない。
何もしないことが彼女を傷つけているなら。
私は――。
◆
今日も彼女は私にハグを求める。
あの後。
彼女にキスをしようとした私は、思い切り頬を叩かれた。
いきなりはダメです!と。
……分からない。
して欲しいと言っていたのに。
幸せそうに胸に擦り寄る凛を前にすると怒る気も失せる。
これが『惚れた弱み』か。
仕方ない。
彼女との関係は、恋愛感情を超えたものだと思えばいい。
苦笑して彼女を抱き締めた。
自分の理性の強さに感心しながら。
【 完 】
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