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華やかな香りのコーヒーを二人で飲んでいる時、ふと謎だったことを思い出した。あの言葉を聞いた時、長い冬を耐え忍び、ようやく顔を出した新芽を暑い靴底で踏みつぶされたよりもショックであった。以前社内恋愛をしていてトラウマになった過去があるのだろうか、周囲に巧妙に隠しているだけで実は彼女がいるのだろうか。ありとあらゆる可能性を考えたものだ。
「あぁ、たいしたことないよ」
一瞬気まずそうに言葉を詰まらせたのち、そう答えた幸村さん。絶対たいしたことある。
「気になります」
「いや、本当に言ってしまえば、笑ってしまうような些細なことだよ」
終わった恋愛は些細な事ということだろうか。気になりすぎて、コーヒーもほろ苦を通り越して苦いの2乗である。気になりすぎてコメントも冴えない。
「教えてくれないんですか」
上目遣いで言ってみる。
「そのうちわかるよ」
効果0。
「そのうちっていつですか?」
手をそっとにぎってみる。
「そうだね、今はもう寒いから夏になったら教えるよ」
寒いとだめ?夏になるといい。滝行は冬でもするし、夏しかないって何でしょうか?夏と言えば、アイス、かき氷、わらび餅。そういえば夏祭りの時わらび餅ドリンクに0.5秒ほど視線がとまっていたような。
「今教えてほしいな」
ほおずきの実のように頬を膨らませてご立腹顔をしてみた。たいてい、これで言うことをきいてくれるのだ。
「夏にうちに来た時に教えてあげるよ。果恋も気に入るといいな」
「気に入る?なんの話でしょうか?どうして今じゃダメなんですか?」
気に入るということは過去の女性の話ではなさそうですが、どうして今教えてくれないのでしょう。
「だって、俺たちこれからずっと一緒に生きていくからさ。焦らなくても少しぐらい秘密を楽しむ時期があってもいいだろう」
そう言って、幸村さんは私にトリュフを口に入れてくれる。のチョコは私が3.6秒注視していたので買ってくれたのだ。
幸村さんは一苦いコーヒーと甘いチョコがゆっくりととろけるように合わさって、自然と笑みがこぼれる。うまく誤魔化されたのかもしれません。やはり幸村さんは一筋縄ではいかない相手です。でもそれでいいのです。幸村さんは争う相手はないのです。生涯手をとりあって歩く伴侶なのですから。
花実来果恋。これからは病める時も健やかなる時も幸村さんと幸せを築くため、あざとく生きることを誓います。
---- 完 ----
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