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18.川野辺聡太&沢裕介
「え、ちょっと待って、いつ? いつ行くの?」
「来月の頭、槇の仕事の関係なんだ」
「急じゃね? せっかく今度一緒に飯行きたいって思ってたのに!」
「そうなんだよね、ほんと俺も焦ってて。全然準備出来てない」
「ってことはさ、聡太はこれから海外で仕事するってこと?」
「俺の仕事はリモートで出来るから、どこにいても大丈夫なんだよね」
「すげえ・・・・・・・」
「すごいのは槇の方でさ、趣味でやってたっていうのが急にバズったらしくて」
「バズったって何が?」
「これ見て」
そう言って聡太は携帯の画面を祐介の前に置いた。聡太の恋人が描いたというその幾何学模様のような絵は、黒の細い線だけにも関わらず緻密で繊細で、人間が描いたとは思えないほどの細かさだった。
「ほええ・・・・・・すげえ、これ描いたの?!」
「そう。気分転換に描いてたんだって。前の仕事やめて、最近本格的にやり出して・・・・・・SNSに上げだしたらすぐ、美術関係の人と繋がって、あれよあれよという間に・・・・・・」
「なにそれ、すごいな」
「だよね。きっと元々才能があったんだと思うんだ」
「聡太もデザイナーだし、芸術家同士だな!」
「俺はそんなんじゃないって」
「それで、イギリスに行っちゃうわけか~」
「とりあえず一年ね。でも俺だってびっくりだよ。英語なんて話せないし」
「彼氏さんは英語堪能なんだ?」
「日常会話くらいだって言ってるけど」
「そういう人ってだいたいペラペラだよな」
「そうそう」
「にしても、寂しいな」
「たくさんお土産買ってくるね」
「マジ? やった!」
「寂しがってたのはどこに行った?」
「あ、ごめんごめん」
祐介は複雑な感情でコーヒーをすすった。親友の聡太は幸せそうにアイスティーのストローに口を付けている。グラスを支える左手の薬指に、シルバーの指輪が輝いている。なんてタイムリーだと、祐介は自分の首にかけたチェーンにそっと触れた。
先日、一緒に指輪を買いに行った帰り、瞬はこう言った。
(女除けだからな、はずすなよ。お前人たらしだから)
(なんそれ、やな言い方!)
(本当のことだろ?)
(瞬こそはずすなよ。俺どころじゃなく女性が寄ってくるんだから)
(俺は平気。公言したから)
(えっ?! いつ?!)
(先週)
(ままままマジで?!)
(マジ。あ、でも安心しろ、相手がお前とは言ってないから)
(なんでそんな、仕事しづらいんじゃ、)
(全然? むしろやりやすくなったくらいだよ)
(・・・・・・・)
祐介は黙り込んだ。瞬はいつでも一歩先をゆく。だが今回は置いて行かれた感が否めない。祐介の顔色を見た瞬が言った。
(話すタイミング逃したな。悪かった)
(別に悪くはないけど)
(お前はカムしなくてもいいんだからな)
(わかってる。・・・・・・・でもさ)
(うん?)
(相談してくれてもよかったのに。部署は違うけど、同じ会社なんだから)
(まあ・・・・・・そうなんだけど。お前に気を遣わせたくなかったから)
(その気遣いが裏目に出てるよ)
(そうか?)
(俺はそんなにガキっぽい?)
(そうは思ってない)
堂々巡りの会話に、裕介は言葉を切った。「女除け」と言われた指輪をじっと見つめる。そしてぼそりと呟いた。
(俺は単純に、これ、婚約指輪みたいに思ってた)
(裕介・・・・・・)
(女除けだったんだな)
話はそれで終わり、裕介と瞬は指輪の話をすることはないまま数日が経っていた。今、裕介の指にはなにもついていない。指輪はショップでもらった専用の袋に入れて、持ち歩いていた。
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