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2 飯島瞬&桧山洸
「ありがとう」
礼を言われた飯島瞬は、全然、と微笑んだ。向かい側に座る男はすっかり出来上がっている。赤い顔で嬉しそうに目尻に皺を寄せて笑う。
「話を聞くくらいならいつでも」
「忙しいのに悪いな」
「そんなに忙しくないよ」
瞬は頬杖をついて答えた。そして尋ね返す。
「洸の方が忙しいだろ」
「俺は自営業だから自由が効くんだ。そうだ、次に会うときはうちに来いよ。瞬の好物作ってやるから。自炊はしてるのか?」
「最近はほとんどしてない。一人分作るのダルいし」
「米くらい炊けよ。身体壊すぞ」
はいはい、と答えて瞬は頭を掻いた。小言を言われる心地よさが懐かしかった。
「それで、瞬は誰かいい人は出来たか?」
「言い方が古臭い」
「いいだろ別に。で、どうなんだ?」
「いないよ。友達と遊んでるほうが気が楽だし」
「そんなこと言ってるうちに歳をとるんだぞ」
「同い年の洸に言われたくないな」
「・・・・・・お前は放っておくとすぐ壁を作るから、心配してるんだよ」
それは事実だった。瞬は子供の頃から群れるのを嫌うたちだった。洸は瞬の目を真剣な表情で覗き込み言った。
「もし誰かできたら、ちゃんと俺に言えよ?相談に乗ってくれた礼に俺も話聞くぞ」
「・・・・・・聞かなくていいって、そんなの」
「寂しいこと言うなよ」
洸は眉を下げて微笑んだ。そして続けた。
「今度、樹貴にも紹介させてくれよ」
「えっ」
「だめか?」
「いいけど、むこうは?」
「もちろん会いたがってる。俺の唯一の理解者だって言ってあるし」
「大袈裟だって」
「大袈裟じゃない。じゃあ、また連絡するな」
「わかった」
瞬が従兄弟の桧山洸がゲイだと知ったのは高校生の時。その頃から実の姉よりも仲が良かった。瞬は確かに、同い年の洸の良き理解者だった。が、洸の性的指向に偏見が無いというよりも、「他人事ではない」というのが瞬の本音だった。なぜなら瞬は、学生時代から同性に告白されることが少なくなかったからだ。自分から同性を好きになったことはまだない。しかし好意を持たれることに嫌悪感もない。
つまり人間として惹かれる相手であれば、どちらでもいい、と思っていた。
そんな瞬の最近の楽しみは、会社の同僚の沢裕介との週末だった。オンラインゲームや、買い物や映画を見たりして過ごす。しばらく彼女もいなかったが、今は男同士で過ごす方が気楽で楽しい。なのにここのところ、ちょっと面倒な出来事が起きている。
粘着質で男癖の悪い女に付きまとわれていた。どうしてもと言われて一回だけ食事をしただけなのに、えげつないことを吹聴され、いつのまにか瞬が彼女を口説き落としたという話にすり替わってしまっている。このことで瞬を色眼鏡で見る人間が社内でも増えた。が、そもそもでたらめな噂くらいで揺らぐような人間関係なら、壊れても構わないと思っていた。
裕介は何も変わらなかった。むしろその女について瞬よりも怒っている。
瞬は裕介を親友だと思っている。そして誰よりも優先したいと思うほどに、彼との時間は楽しかった。何でも話せたし、裕介も何でも話してくれる。
しかし瞬は学生時代の、同性に好かれることが多かった経験についてだけは、打ち明けられていなかった。
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