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3 深沢槇&川野辺聡太
「ただいまー、・・・・・・あれ?」
深沢槇がドアを開けると、ふわりとカレーの匂いが漂ってきた。毎週水曜日はカレーの日。しかし今日は金曜日だ。
「あ、おかえり!ご飯できてるよ」
「今日、金曜日だけどカレー?」
「うん、牛肉が安かったのと・・・・・・ちょっと」
「ちょっと?」
「うん、ちょっと」
槇とルームシェアをする川野辺聡太。彼と槇とは紆余曲折を経て、つい一週間前に恋人同士になったばかり。ゲイの聡太とストレートの槇は、手探りで関係を構築している真っ最中だった。
「ごめん、カレーじゃないほうが良かった?」
「いや、全然食べるよ」
聡太は安心して笑った。槇もつられて笑い、スーツのジャケットを脱いだ。カレーならば着替えないと、跳ねたら大変。
部屋着に着替えた槇は、冷蔵庫からビールを出していそいそとテーブルについた。今日はビーフカレーだった。
「で、何、ちょっとって」
カレーを口に運びながら槇は聡太に尋ねた。
「え、気になる?」
「うん」
「えーと、今日幼なじみに会ったんだ。裕介っていうの、前に話したよね」
「ああ、小中一緒だったっていう」
「そうそう、そいつがね」
聡太は楽しそうに、沢裕介という幼なじみに起きていることを話した。仲のいい同僚が面倒臭い女性に付きまとわれていること、裕介はそれを快く思っていないことを、聡太は身振り手振りで事細かに伝えた。
「ってことなんだけど。槇はその、特に好きでもない女性に付きまとわれたりとか、経験ある?」
どうやら聡太はそれが聞きたかったらしい。槇は首を横に振った。
「残念だけどその経験はないよ。そこまで俺に執着する相手はいなかったし、告白とかもあんまり・・・」
「今は?」
「へ?」
「俺と付き合ってること、誰も知らないんでしょ?女の子に告白とかされたらどうするの?」
なるほど、と槇は心の中で納得した。聡太はそこが心配なのだ。槇がストレートだからこその不安。まだ一週間しかたっていない、ラブラブな時期だっていうのに心配性だ。
「ちゃんと、付き合っている人がいるからって断るけど?」
「でもまさか男だとは言わないよね」
「時と場合、相手によっては言うかも」
「えっ」
「もちろん厳選する。世の中には自分の信じるもの以外受け入れないって人間は多いから」
「・・・・・・・」
「聡太」
槇はスプーンを置いて、まっすぐ聡太を見つめた。
「心配なのか?」
困ったように笑って、聡太は答えた。
「まあ・・・・・・・少しは。俺は慣れてるけど、槇は男と付き合うの初めてだし」
「そんなに変わらないって言ったじゃん。俺はいまのところ、楽しく過ごしてるよ。いい意味でも悪い意味でも俺は楽天的だから」
「そう言ってくれると・・・・・・・ほっとする」
「聡太は繊細だよな」
「小心者なだけ」
「適当な俺と二人でちょうどいいな」
「・・・・・・槇、そんなこと言う人だった?」
「確かに今のはちょっと恥ずい」
あはは、と聡太は笑った。槇も笑ってカレーをすくう。もぐもぐしながら槇は、もしも誰かに聞かれたら、聡太のことをどう説明するだろうかとシュミレーションしてみる。
(いや、普通に言えるな)
槇は、聡太との関係を知られてもいいと考えていることに自分でも驚いていた。
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