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しばらくふたりで抱き合っていただろうか。僕の気持ちが落ち着いてきて、榎戸に申し訳なくなり僕は身体を離した。
「ありがとう榎戸。今までずっと相談に乗ってくれて。色々アドバイスくれたのに、結局無駄にしちゃったな……」
すべては不甲斐ない僕のせいだ。榎戸は散々僕にアドバイスしてくれていたのに結果を出せなかったことに申し訳なさを感じる。
「蓑島、そんなこと気にすんなよ」
榎戸は僕の手を握った。ただ触れるだけじゃない。指を絡めて恋人繋ぎのように。
えっ! と驚いて僕が顔を上げ、榎戸を見ると榎戸はなぜか真剣な顔をしていた。
「蓑島。俺、今からお前に告白してもいいか?」
榎戸が僕と繋いだ手にぎゅっと力を込める。
「告白……?」
「そうだ。告白だ。俺はずっと前から蓑島のことが好きだった」
「えっ……」
僕の中で時が止まった。頭が真っ白になっていったい何が起きたのか、理解が追いつかない。
「俺は黙ってたんだ。だって蓑島は八木が好きで、俺のことなんて眼中にないってわかってたから」
嘘だろう? 榎戸は僕に好意を寄せている雰囲気なんてまるでなかった。思い返してみても榎戸はやっぱりただの友達だとしか思えない。
「でも蓑島は言ったよな? 八木に十回告白してそれでもダメだったら八木のことを諦めるって」
言った。何度も言った。僕自身に言い聞かせるみたいにして。
「今日で八木のこと、諦めるんだろ? だったら俺と付き合ってよ」
こんなことあるのだろうか。八木くんに十回振られたあと、友人だと思ってた奴に告白されるなんて。
でも僕は今日、気がついたんだ。
八木くんに十回告白してもダメだったら諦める覚悟をしていたのに、諦めるための心の準備も十ヶ月かけて整えていたつもりだったのに、僕はまったく八木くんのことを忘れられない。
僕の気持ちは未だに八木くんにある。
こんな気持ちで、榎戸と付き合えるわけがない。
「ごめん、榎戸……俺、まだ八木くんのことが好きで、忘れられなくて……」
「そうだよな、俺も結果はこうなるってわかってたんだ。だから全然気にすんな! 申し訳ないとか思わなくていいよ、これからも俺たちは友達ってことで!」
榎戸は「あーあ」と言いながら立ち上がり、腕を上げて大きく伸びをする。肩をぐるぐる回して肩甲骨を解す榎戸の背中は少しだけ寂しそうに見えた。
腕を上げ肩甲骨を解すのは、榎戸が緊張したときにそれを和らげるためのルーティンだ。
榎戸は僕に告白するとき、緊張していたのかな……。
「蓑島」
榎戸はくるっと僕のほうへ振り返った。
「俺、また来月の三日になったらお前に告白する」
「えっ?」
「嫌なら断れよ。でも俺は今日から十ヶ月、蓑島に告白し続ける。十回告白して全部振られたらお前を諦めることにするから」
それは、僕が八木くんに対してしてきたことと同じだ。
きっと冗談だよな、自分でやっといてアレなんだけど、普通同じ人に十回も告白しない。十回告白しても僕のように振られ続けるのが関の山なんだから。
僕は榎戸の言葉を面白い冗談だと受けとった。だから「はいはい」と適当に受け流して、「そろそろ帰ろうぜ」と榎戸に声をかけた。
「オッケ! 今日はいつものコロッケ屋、寄ってく? やめとく?」
僕が榎戸の告白を断ったというのに、榎戸は普段どおりだ。
いつも通りの笑顔を向けてくれる榎戸を見て僕はホッとした。榎戸という友人を失わないで済んだことに心から安堵した。
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