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〝あの人を手に入れるためなら〟
なんてものは誰もが持っている感情で。どれほどの偶然を装い重ねるかが肝心だ、と親友である彼女は常々。
夏の青葉に混じり教壇に上がる男性を、染めた赤を隠さずにうっとり見つめ、私へと表明していた。
その後のことなんてものは、擦り合わせるなり受け入れて貰うなりしたら良い。
それで別れを選択するのなら互いの好意の具合が同じではなかっただけ。
しかし別れを選択出来ないほどの現実を植え付けたなら、あとは育んで綺麗に咲かせたように見せたら良いのと笑う。
当時の私にはそれがとても不気味で不気味で、冷えた汗が垂れた。
だから卒業後、逃げるみたく視界から消えたのだが、そんな彼女が大きな事故に巻き込まれたと人伝に聞いて。
「ひ、ひさしぶりね……」
「うん」
今、ぎこちない手付きで大きな腹を擦り、花屋の前に立っていた。
「聞いたわよ。けれどその右手が上手く動かせないのは――っ」
「だから?」
「だからって。だからあの人との事故で負ったものじゃないじゃない……先天性のものだって」
それでも動じない彼女はあの日のような、格別の笑顔を咲かせ打ち明ける。
「だって、どうしてもあの人を手に入れたかったんだもの」
終
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