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 ベスは翌朝キッチンで挨拶を交わしたときにはすっかり元通りで、私に過度な気づかいをする様子もなく洗い物と水汲みを申し付けては出かける至極平穏な日々が続いた。  それからさらにひと月ほど。  私は肉体労働に身体が慣れてきたと同時に体力も随分と付いたのだろう、今では楽々とまではいかずとも危なげない時間までに水汲みを終えられるようになった。  そのぶん時間に余裕ができたので、見様見真似(みようみまね)に掃除をしようと思い立つ。  とはいえ、少し神経質なほどに仕事の分担や責任の所在を気にする彼女は使用人が自分だけの判断であれこれするのは快く思わないだろう。  そう思って時間の余裕についての報告と次の仕事を求める報告をしたところ、彼女は掃除のコツを教えてくれるようになり、私に任せて貰える仕事は緩やかながら確実に増え始めていた。  私と彼女の関係は今まで通りなにも変わりないように見える。  けれども私は気付いていた。  ベスはあの夜以来、私に触れることをはっきりと、そして極度なまでに避けている。  きたばかりの頃は仕事でもなんでも文字通りに手を取って教えてくれていた彼女だったけれども、今は私の手に触れようとはしない。  並んでなにかの作業をするときでも服越しの肩や肘すら触れないよう絶妙な距離を保っている。  溜息も増えた。  とはいってもこれ見よがしに大きな溜息を吐くわけではない。真一文字に結ばれた口はそのままに、いつもとは違うリズムでふっと肩を落とすように深い息を漏らすのだ。  破産してなにもかもを失った私は彼女、ベアストリに雇われた。より近くで、そしてふたりきりで過ごす日々を送るうちに……鉄のような不動の彼女への理解は格段に深まっていた。  表に出ない、あるいは出さないように心がけているのだろう様々な感情が当然のようにベスにも存在しているのだとわかるようになった。  それらは本当に小さな兆候ではあるけれども。  彼女も人並みに笑い、驚き、ときには落胆し、不調があり、好調があるのだ。  けれども。  そこまでわかるようになったからこそ、私は今、彼女の気持ちを推し量れずにいた。
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