花芽吹く

1

　王が治めるこの国には、その下に貴族、騎士、平民と三つの階級があり、私はそのなかでは上級と言える貴族の子弟として生まれ育った。
　当主である父は温和ながらお世辞にも身持ちが固いとは言えないひとだった。母である妻と死別しているせいもあるのだろうが、たびたび見知らぬ女性を屋敷に連れ込み、ときには使用人に手を付けることもあった。
　仕えて長い使用人の話によれば昔は母一筋だったのだそうだけれど、母は私が物心つく前に流行病いで亡くなっていたので母一筋で他の女性には目もくれない父の姿、というものは残念ながら見たことがない。
　ただ、改めて思い返してみると父は結婚指輪だけはいつも付けていたような気がする。

　もっとも、単に事実としてそんな記憶もあるというだけで、父の控えめに言っても酷く奔放な振る舞いを大目に見るとかそういう気持ちはまったくない。
　強く嫌っていたわけではないのだけれど正直に言えばひとりの女性として父を軽蔑していた。そしてそんな私を生まれた時からずっと見ている父もまた、その気持ちを感じていたように思う。

　父は関係を持った女性たちに気前よく金品を分け与え、相手や周りに唆されるように豪遊することも少なくなかった。
　心ある知人たちから幾度となく忠告があったようだけれど、しかし当の本人は家の財産事情にも関心を示さず彼らに耳を貸すことはなかった。
　私も父に諫言したひとりだったけれど、そのたびに父は気を付けようと言いながら曖昧に笑ってごまかすばかりだった。
　だからいつしか、言ってもまたいつものように笑うばかりなのだろうなという諦めに近い気持ちが周囲の人々や私の心のどこかにあり、忠告の言葉からも段々と真剣味が薄れていった。
　家の財産だっていつかは底をつくと知りながら、父の放蕩は周りの誰にとってもそれとなく容認された行いになってしまっていた。

　だから突然でも不意にでもなく、皆がなんとなく現実から目を背けているうちに、来るべき日が来るべくしてやってきた。

　膨れあがった借金を返済するために土地や家財を手放し使用人たちに暇を出す。
　そんな作業が放蕩の合間の日課になりつつあった父は、ある日いつものようにふらりと屋敷を抜け出して、そしてそのまま戻らなかった。