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 今日は特別な日だ。  どのくらい特別なのかというと、たとえば昨日の朝までは病に伏しているような事情でもないかぎり必ず使用人の誰かが部屋まで私を起こしにきていたのだけれど、今日は誰も起こしにこなかった。  別に冗談を言ったわけではない。  朝ひとりで起きるという、たったそれだけのことが私にとっては十分に特別な出来事なのだ。誰に起こされずとも自分で起きなくてはならないなんて初めてだったので不安はあったけれど、いざ朝になってみるとすんなりいつもと変わらない時間に目を覚まし、そんな自分に少し感心した。  ただ、特別な日という以上、朝ひとりで起きて終わり、というわけではない。むしろ今日は始まりである目覚めからさっそく特別だったというのが正確なところだ。  ともあれ、無事に目を覚ました私は朝食を取ろうと寝床を抜け出した。  閑散とした広い部屋にぽつんと置いてあるティーテーブルの上に、昨日で退職した使用人の女性が昨晩のうちにサンドイッチとお茶を用意してくれている。  一晩置かれて少し乾いた作り置きのサンドイッチも、冷やしたのではなく冷めたお茶も、今まで口にする機会のなかったものだ。  サンドイッチやお茶くらい自分で用意すればと思われるかもしれないけれど、私はどちらもしたことがない。サンドイッチを切り分けはしても、ティーポットからお茶を注ぎはしても、それだけだ。  私はハムやお茶の葉がどこに保管されているのか知らず、お湯の沸かし方すらわからない。  無自覚なままに生きることができていた。  これがしばらく前の私だったなら、己の無知と今日までの無関心に酷く恥じ入ってしまうところだっただろう。自分で言うのもなんだけれど、私は一応それなりに勤勉を自認していたのだ。  けれどもあいにくとそんな気持ちはこのひと月ほどですべて使い切ってしまった。  私は自分ひとりで生きていくにはなにひとつ知らない小娘なのだと散々に思い知らされた。そしてそんな恥じ入る私を見る者もまたこの数日で残らず去っていった。  最後まで付き合ってくれた、帰り際に朝食のためのサンドイッチとお茶まで用意してくれた彼女が立ち去った昨日の夜から、この屋敷には私ひとりしかいない。
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