愛文 ★第191回妄想コンテスト「告白」優秀作品

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 春を感じる間もなくアウターを脱いで半袖で過ごしやすい陽気になった四月。大学にも行かず遅く起きた松本大地は、郵便受けから取り出した封筒に困惑していた。 「今どき手紙?」  銀河系を魔法の筆で混ぜたようなマーブル模様のその封筒には、送り主の名前らしい木下美月と宛名である松本大地の名前が書かれていた。どうやら郵便受けに直接入れられたものらしい。 「気持ちわる」  部屋に戻り封筒をゴミ箱に入れかけた大地は、封筒のマーブル模様が微かに動いているように感じた。大地はそれに魅せらたように封筒を開いていた。 「これ十年後からの手紙てやつじゃない?」  手紙の内容は、これから出会う大きな荷物を持った私を助けちゃいけない。不幸になるといった内容だった。イタズラとしか思えない内容だったが、胸騒ぎがした大地は真意を判断できず親友に相談していた。 「それ都市伝説だろ」 「ここの文字が滲んでるの涙じゃないか? イタズラか?」  答えられずにいた大地の耳に残ったのは「ま、そんな女性と出会うか分からないし、会ったら判断すればいいさ」と笑う親友の声だった。     ☆  美月は病室のドアを睨んでいた。目を覚ませば消えているはずの記憶があったからだ。 「おっ。どうしたの怖い顔して」  ドアを入るなり美月と目が合った大地は、一瞬驚いた表情から笑顔になるとビニールシートを抜けて入ってきた。  やっぱり都市伝説だったのかと美月は視線を落として溜息をついた。そして拗ねた子供のように口をとがらせ上目遣いで大地を見た。 「届かなかったんだね。手紙……」  大地に聞いた所で意味が分からないだろう事は分かっていた。それでも問いが口をついて出てしまっていた。 「そっか。もう十年なんだね。届いたよ手紙」  大地はマスク越しに満面の笑みを浮かべていた。 「読んだの手紙? 私からの? 十年前に?」 「信じたのは出会った時だったけどね」  大地は苦笑いを浮かべながら「少し起こそうか」と言って、ベッドを操作して美月の上体を起こした。 「だったらどうして! なんで私と付き合ったりしたの? 明るい未来がないことが分かっていたのに。今だって……」 「好きだったからさ。未来は変えられるって思うじゃない。想い出いっぱい作ろうとかさ。で、何で不機嫌?」  大地は笑って美月に顔を近づけた。 「だって。だって覚悟して手紙書いたのに今朝起きたら昨日までの記憶が変わってないんだもん。大地に辛い思いをさせ続けちゃうよ」  美月は布団で顔を覆うと肩を震わせた。枕元のデジタル時計がピッピッと鳴った。診察が回ってくる時間だ。  「分かってないなー。俺と付き合ってなかったら、他の奴と付き合ってるんだよ? そんなの耐えられないでしょ。もしかして付き合ったこと後悔してる?」 「そんな訳ないじゃん」  美月はパッと顔を膨らませた。 「じゃあ気持ちは一緒だね」  大地は想いを確認するように美月の瞳を覗き込んだ。そして美月が見つめ返すと「売店いってくるね」と診察に訪れた医師たちと入れ違いに病室を出ていった。売店から休憩室へと足を向けた大地は、缶コーヒーを飲み干すと息を吐いてペンを握った。 十年前の俺へ 大地。お前の手元にこの封筒が届くのは二枚目だろ。一枚目は恋人の美月が送ったものだ。彼女は今、無菌室で闘病生活をおくっている。回復の見込みは正直ないと言われてる。美月には断られるかもしれないが、俺はプロポーズをするつもりだ。明日は俺と美月が出会った記念日だ。そう明日。お前は大きな荷物を持って困っている美月と出会う。頼むから助けてやってくれ。頼むから俺にプロポーズをさせてくれ。お前にとってもかけがえのない相手になる。未来を誓う女だ。出来るなら変えてくれ。俺と美月の未来を。お前の未来を。  大地は病室へ戻る前に、病院の前にあるポストへ自分宛てのマーブル模様の封筒を投函した。生まれて初めて自分を信じて。     ☆ 「美月ごめん遅くなって」 「来てくれただけで嬉しいよ。大地とは中々デートできないからね」 「今夜は非番だったから呼び出したんだけど受け持ってる患者さんの容態が急変しちゃって」 「もう慣れっこだよ。それに私の命の恩人には、これからも人を救って欲しいからね。少しは我慢してあげるわよ」  大地と美月は東京タワーが臨めるホテルのラウンジにいた。十年前大地に届いた手紙には美月の病状が詳細に綴られていた。そして大地はその病気を治せる医師になろうと志した。二人の時間を作るのが難しい中、何度も衝突を繰り返しながらも二人は愛を育んできた。 「でも良かった。その患者さんが無事で」  ニコニコと微笑む美月の横顔に大地の胸が痛んだ。もう淋しい思いはさせないとポケットに入れた手を強く握りしめた。その中には十年前に届いたマーブル模様の封筒に入っていた指輪があった。 「なあ美月」  大地の言葉にこちらを向いた美月の瞳は濡れていた。 「え! どうしたの美月?」 「ううん。なんでもない。なに大地?」  指で涙を拭い笑う美月に大地はプロポーズをした。  美月は知っていた。今日大地からプロポーズされることを。美月の元に十年後の大地からマーブル模様の封筒が届いていたのだ。手紙には大地が美月と出会う前から今までが綴られていた。どれだけの想いで医師を目指したかも知った。そして最後に「プロポーズを断って別れなさい」と書かれていた。  十年後からの手紙はそれだけではなかった。なんと美月本人からもマーブル模様の封筒が届いたのだ。大地の遺品の中から見つけた物だった。手紙には疲労がたたり大地が病気を患ってからも、どんなに幸せだったかが綴られていた。そして後悔はないからプロポーズを受けて欲しいと。 「一つだけお願いがあるの。今すぐにとは言わないから、病院を辞めて欲しいの」 「どうしてそんなこと!」 「もう少し小さな病院で時間に余裕をもって働いて欲しいの。理由は……大地が医者になったのと同じ理由よ」  美月に真っ直ぐに見つめられた大地は、その瞳の中に銀河系が見えた気がした。そしてある事に思い至った。 「それって。届いたのか」  つぶやきに似た大地の言葉に美月はゆっくりと頷いた。 「そっか。ずっと一緒にいられるなら迷う事なんてない。約束する」 「ありがとう!」  泣きながら抱きついてきた美月を、大地は力強く抱き締めた。 「ありがとう」  大地の口から感謝の言葉が漏れた。それは目の前の美月にあてたものでもあったし、お互いを想い続けてくれた過去の大地と美月に宛てた言葉でもあった。  見つめ合った二人は驚いている周りの人々の事も構わずに、窓に映る東京タワーを背景にさらに強くお互いのシルエットを重ねた。
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