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「カレンさん、すみません。僕のミスで……」
カレンさんが社長に呼び出されたと聞いて焦った。昨日、カレンさんのことを考えすぎるあまりに、仕事が手に付かなかった。
中途半端なままにしてしまったことで、ミスが生じた。僕の世話係であるカレンさんが社長直々に呼び出されてしまったようだ。
全ては僕のせいなのに。
「ミスなんて誰にでもあることよ。次から気をつければ良いだけ。社長にはあたしが上手く言っておいたから大丈夫よ」
気にしないで。と、失敗したことを怒るどころか、にこやかな表情をして、細くて指先まで煌めく様にしなやかな手を肩に置かれる。あたたかい掌の感触に安心した。
その手にいつか触れてみたい。
「あなたは大事な人なんだから、あたしのことはいつでも頼っていいのよ」
覗き込んでくるまっすぐで揺るが無い瞳に、強くて心強い言葉に、抱きしめたくなる衝動を抑え込む。
毎日僕のそばで笑う彼女に惹かれていた。
彼女の言動の一つ一つが、僕のことを特別に思ってくれていると信じた。
「カレンさん、あの……」
「なぁに?」
残業、二人きりしかいないフロア。
パソコンから離れて、コーヒーを飲むカレンさんの目の前に立った。
カレンさんを想う気持ちが強くなり過ぎて、仕事が手に付かない。もう、伝えるしかどうしようもない。だけど、あなたを目の前にしてしまうと、こんな僕のことなど。と、萎縮してしまう。
頭の中は、もうカレンさんでいっぱいになってしまっていると言うのに。
「……わかってる、あたしも同じだよ」
彼女はコーヒーのカップをテーブルに静かに置くと、僕を抱きしめて背中をトントンと優しく叩く。
「影山くんはとても頑張っているよ。あたしが認めるんだから、自信持っていいんだよ。大丈夫」
ね、と見上げてくれた笑顔に、キスをしたい衝動に駆られる。だけど、そんな勇気はない。
すぐに離れた彼女をせめて抱きしめ返せば良かったと、後悔した。
きっと、カレンさんは僕の気持ちに気が付いている。隣で微笑む笑顔に嬉しくなって、残りの仕事を順調に終わらせた。
次の日から、彼女は僕の世話係を外れた。
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