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会社では見かけるものの、かわす会話はなくなった。もうランチには誘ってくれない。残業をしていてもそばにいてくれない。
彼女と過ごしていた日々が嘘のように、消えてなくなっていく。
彼女は、僕のことを好きだと言った。
彼女は、僕のことを大事な人だと言った。
触れたくて、抱きしめたくて、キスをしたくて。
そんな僕の欲望が果たされないままに彼女は離れていった。
ーーーー
「思い込み症候群?」
カレンさんと同期の寺崎さんに相談を持ちかけると、聞いたことのない言葉を告げられた。
「脳が勘違いしちゃったんだよ。まぁ、悪く言えば騙されたんだね。君みたいな子が毎年、二、三人は現れるんだ。罪だよね、カレンちゃんは。美しいしあどけなさすぎる。相手がどう思うのかなんて考えずに言葉を発するんだ。ほんと、罪深い女だ」
「……まさか、寺崎さんも?」
僕の問いかけに、寺崎さんは遠くをぼんやりと眺めた後に、ふっと小さく笑った。
「そうだよ。思い込み症候群、第一人者かもな。彼女のハートを射止めるのはやっぱ社長くらい余裕がないと無理みたいだよ。ずっとカレンちゃんが社長にアプローチしているのを、見てきているからね」
寺崎さんの視線の先を辿ると、カレンさんが社長のすぐ側で笑っている姿があった。
「……それでも、カレンさんのこと?」
「うん。騙され続けちゃってるんだよね、俺の脳は。お前ならまだ大丈夫じゃない? 悩むならもう彼女とは関わらない方がいい」
そう言って席を立つと、寺崎さんはそのまま真っ直ぐに歩き出す。向かう先にカレンさんがいる。寺崎さんがカレンさんに話しかけると、にこりといつもの可憐な笑顔を見せた。
遠目からでもその美しさにぽーっとしてしまう。
カレンさんの視線が、こちらにチラリと向いた気がして、目を見開いた。僕に向かって一度だけ微笑むと、また寺崎さんへと視線を戻した。
僕に気が付いてくれた。
僕に微笑んでくれた。
カレンさんは、僕の世話係をしたことをちゃんと覚えてくれている。
走馬灯のように脳がこれまでのカレンさんとの思い出を蘇らせてくる。
やっぱり、僕はカレンさんのことが好きだ。
思い込み? いや、そんなことはない。
脳が騙されている? そんなわけがない。
この気持ちは本物だ。
いつかきっと伝わるはずだ、僕があなたを好いているっていう想いが。
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