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3、初夜
心地の良い、ホテルのスイート。
すんでの所で上品な調度品の数々。
見下ろす街の灯すらこの無様な状況を嗤っているように思えた。
"ウエストエンドの女王様"とも名高いエミー・ラーマーと"若き銀幕スターにして偉大なる演出家"ギルバート・エメットの華々しい婚礼は正しく歴史に残るワンシーンだった。
そして今、背後からから私を包んでいる彼は正しくかの婚礼の主演俳優その人。
「初夜だろう、こんな所にいてもいいのか?」
「エミーならもう寝ているよ」耳元で囁き掛けるその吐息は熱っぽい。
「なら、尚更戻るべきだ。お引き取り願おう」
その手の中から抜けたくて藻掻いてみるがどうにもならない。それは火を見るよりも明らかではあったが。
「そんな事言うなよ。ユーリン」
彼の手は早くも私のこの貧相な体を弄り始める。その不快さに、私は「気安く僕を呼ぶな!」と思い切りその手を叩いた。が、彼には何も感じさせなかったようでのうのうと「でも、君は僕が好きだろう?」などとほざく。そんなわけあるか。
「嫌いだ。」なんて言うと彼は心底不思議そうな顔をしている。私はその鼻っ面に拳を見舞ってやりたかったがなんとか堪えた。
「お前は自分が何をしたか覚えていないのか?」
「エミーを君から盗ったこと?それとも無理矢理、君を、抱いたこと?」
鬼畜の所業。そう、私は学生時代の冬の日にこの男の手によって彼女を奪われたのだ。彼女、今となっては舞台女優として名を馳せているが当時、まだ女優の卵として日々を過ごしていたロスタリア記念音楽学院時代に私たちは清純な付き合いをしていた。私自身、長い期間付き合った彼女の事を愛していたし彼女のキャリアについても考え、少なくとも卒業するまでは手を出さないと決めていた。だがこの男は易々と禁を破り彼女を寝取った。
そして、あろうことか私にまで関係を迫ったのだ。一体どこまで私を貶めれば彼は気が済むのか。
荒れた私の心境など微塵も考えず彼は笑う。フィルムの中と同じように。
「僕はね、ユーリン。エミーを愛しているよ」
「なら、こんな関係続けるべきじゃない。」そう言っても彼は聞く耳を持たない。ただ少し困ったふりをするだけ。そうだ、こうやって撫でる手も優しい声も歯の浮くような科白もすべてただの演技なのだ。
「そうだね。でもそれと同じ位に君の事も愛しているんだよ」
「反吐が出る」
そして雪崩れ込むように今宵も私は彼に抱かれた。
本来ならば最愛の女性を抱いているはずのその腕で私を抱いている。
「頼むから、エミーを悲しませるような真似はしないでくれ」
「幸せにするさ。モチロンね。」
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