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─12─
「もうこんな時間」
そういえば、講習もあと一週間を切ったのか。講習の最後はどんなことを聞かされるのだろうか。せっかく、カフェでいい気分になったというのに、憂鬱な気分になってしまった。
「さて、仕方ない。帰るか……」
私には、家族以外にこの村で頼れる人はいない。憂鬱なまま帰宅する。
健治にバレないように、そっと玄関のドアを開ける。すると、健治がドアの前に立っていて、思わず声を上げた。
「きゃっ! なによ! 驚かさないでよ」
「なんでそんなに、静かに入ってくるんだよ。そんなに俺が嫌かよ」
「そう言う訳じゃないけど……」
「それより、これ、美月宛に手紙来てた」
「手紙? 私が引っ越したことを知ってる人いないと思うんだけど……」
健治から手紙を受け取った。不審に思いながらも差出人確認する。
「えっ……。赤井さんから?」
思わず、二度見する。
「赤井さんって、死んだ赤井さん?」
健治のあまりにも無神経な言葉選びに、言葉を失った。
冷静に考える。これは亡くなる前に手紙を書いたことになる。もう会えなくなることを悟って書いたのだろうか……。
「部屋で読んでくる」
健治はふてくされ顔をしていたが、何が書かれているかわからない以上、健治の前で読むことは危険だ。
ソファに腰掛け、息を整える。
ミモザ柄の、かわいらしい封筒だった。イメージと違い、可愛らしい字をしている。
『美月さん、今頃驚いているわよね。これを読んでいる頃にはもう、私はこの世にいないはずだから。まず、お礼を言わせてほしい。美月さんは、最初から明るく挨拶をしてくれ、ぶっきらぼうの私に、懲りずに話しかけてくれて、私を信じ、仲良くしてくれたこと、本当に感謝しています。ありがとう。人見知りの私だったけど、美月さんとなら、仲良くなれると思っていた。一人で抱えてきた思い、美月さんと共有できたこと、本当に心の支えでした』
赤井さんも同じことを思っていてくれていたんだ。正直、不安もあった。私だけが友達だと思っていたんじゃないかって。でも、赤井さんも同じ気持ちでいてくれていた。せっかく信用しあえて、親友になれたはずなのに……。
『この手紙を書いた理由はもう一つります。美月さん、最後に話をした日のことを覚えていますか? 私が伝えたいことがあると言っていたことを。それをどうしても伝えたかったから。私は、善行の現場を目撃したの。それも、美月さんの旦那さんが、善行の日に……』
やはり、そうだったのか。赤井さんに、善行を見たと聞いたとき、タイミング的にそうではないかと懸念していたのだ。悪い予感が的中してしまった。
『そして、善行の内容が想像を遥かに超える残虐なものだった。美月さんの夫婦関係が壊れてしまうのではないかと、話すのを悩みましたが、きっと、美月さんは知らずにいることの方が辛いと思うので、ペンを執りました。善行とは、おそらく、村の外から連れてきたターゲットを、睡眠薬のようなもので眠らせ、近くに待機していた黒いスーツを着た男に引き渡すというものだったの』
えっ? 殺していたわけではない? あの白い粉は毒物ではなく睡眠薬だった?
『そして、眠らされたターゲットは、そのまま病院へ運ばれたの。私、しばらく病院近くで待機していたんだけど、そのターゲットは最後まで出てこなかった。その代わりにヘリコプターがやって来て、黒いスーツの男性が、白いケースを持ってヘリコプターに乗り込みどこかへ行ってしまったの。そのあと、帰ろうとしたんだけど、病院にトラックがやってきたの。なんだか嫌な予感がして様子を伺っていたんだけど、結局、白衣の着た人が、大きな白い袋を台車で運んできて、トラックの運転手に渡していたということだけで、女性の行方は結局わからないまま。中身はわからないけど……。そのトラックの後も追っていこうと思ったんだけど、旦那から電話が来て、見失ってしまった。これが何を意味するのかまでは調べられなかったけど、決していいことをしているようには見えなかったわ。こんなこと、美月さんに話すべきではないのかもしれないと最後まで悩んだけど、いつかはわかることだし、早い方がいいと思ったの。少しでも考える時間は長い方がいい。そして、私がどうしていなくなったのか、気になっていると思う。理由はひとつ。善行を見てしまったことを旦那に報告されてしまったの。旦那のことは信じていたから相談したんだけど……。それが間違えだったのね。この村に味方など存在していないのよ。だからね、美月さん。気を付けて。信じる人は見極めて。私、これから罰を受けに行くの。きっとあの黒いスーツを着た男が迎えにくるんだと思う。そして、生きて帰ってはこれないと思う。あんなことを見てしまったんだもの。長くなってしまったけど、最後に……。幸せになる為ににこの村にやって来たのに、こんなことになるなんて、悔しい。でも、美月さんにはどんな形であっても、幸せになってほしい。短い間だったけど、ありがとう。──さようなら』
赤井さんを思い、声を殺して泣いた。どれだけ悔しかったか。一番信じていた最愛の人に裏切られ、恐ろしい罰を受け、そして、心を砕かれてしまった。 この手紙は罰を受ける前に、身の危険を感じ手紙を残してくれたのだ。
──ありがとう。赤井さんの命を無駄にはしない。この村の秘密を暴き、私は東京へ帰る。
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