陰徳

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─13─ 健治には、赤井さんの手紙について、何も触れないまま夕飯の支度をしていた。 「美月、赤井さんの手紙、なんて書いてあったんだ?」  気にしていたようで、さっきから健治の視線を感じていた。 「赤井さん? あー、普通にお礼の手紙だったよ。仲良くしてくれて嬉しかった。ありがとう、さようならって」  ありふれたセリフを並べると、健治は手紙への興味が失われたようだった。 「そうなんだ。手紙残してくれてよかったな」 「そんなことより、今日時間ないからカレーにしたんだけどいい?」 「いいよ。母さんは通夜だし、遅くなるから先に食べようか」  特に会話がないまま、食事の時間は過ぎた。ついこの間まで、仲良く暮らしていたはずなのに、この村に来てからは、なんとなくぎくしゃくするようになってしまった。  子どもが欲しいと言ってくれた時は、嬉しさから、この村で暮らすの悪くないとまで思った。しかし、冷静に考えてみえれば、産まれてくる我が子に犯罪の片棒を担がせるなど、万に一つもあり得ない。やはりこの村を出るという選択しかない。  しかし、村を出るということは現実的なのだろうか。一度、村に移住してきて、無事に出て行った者はいるのだろうか。こんなことを健治に聞けばまた、怪しまれるだろうし……。そして、何よりお義母さんが悲しむかと思うと簡単には言い出せない。 「ただいまー」  夕飯の後片付けをしていると、お義母さんが帰ってきた。 「おかえりー。ちょっと待ってて、お塩持って行くから!」  お義母さんにお清めの塩をかける。 「ありがとう」 「疲れたでしょ。今お茶入れるね」 「ありがとう。じゃ、着替えちゃうね」  お義母さんは少し疲れているようだった。 「はあ、疲れたわ。美月ちゃんお茶ありがとう」  ほっとしたように、お茶を一口すする。 「どうだった? 何か詳しいこととかわかったの?」 「それがね、お通夜に来ていた人が話しているのを聞いちゃったんだけど、自殺したのは間違いないみたい。倉庫で首を吊っている両親を、長男が発見したようなの。それで、遺体のすぐそばに遺書があったみたいなのよ」  自殺なら、遺書があることは特段、珍しくはないだろう。 「それがね、遺書の内容が物議を呼んでいるのよ。実際今までもこういったことはあって、遺書があったとしても、家族によって伏せられていたり、内容も当たり障りない事が書かれている事が多かったの。でも、今回は違ったの……」 「えっ? 物議って、そんなにまずい内容だったってこと?」 「うん……。あの失敗したと思われていた善行、実はわざと逃がしたみたいなの」  逃がした? そんな自分たちの首を絞めるようなこと……。 「二人は、はじめから決めていたみたいなの。もう、こんなことをやりたくないって。この村を出ることが叶わないのなら、自ら命を絶つ方がいいと、書かれていたみたい」  ──薄々気づいてはいたが、やはり一度足を踏み入れてしまうと、二度と出ることは叶わないのか……。  この夫婦は、この村を一度は受け入れ、生活をしてきたのにも関わらず、なぜ今になって、拒否反応を起こしたのだろう。 「ねえ、今更どうしてこの村を出たいと思ったんだろうね」 「うーん。──やっぱり、心からこのシステムに賛成している人って、実は案外少なくて、我慢している人が多いのかもね。報告が怖いから言わないだけで」 「お義母さんは、出たいと思ったことあるの?」 「あるわよ。なんなら、今すぐにでも出たいわよ。お父さんも、いなくなっちゃったし、もう善行もしたくないし……」  ──やっぱり、お義母さんも出たいと思っていたのか。結局、健治だけがこの村に洗脳されているということなのか……。 「ところで、その遺書って、役場とかに見られたら危険なんじゃないの?」 「当然、村長の耳にはもう入っているとは思うんだけど、動きを見せなないの。──それはそれで、不気味よね」  確かに、確認にも来ないというのは、おかしい……。いつもなら、何かしらのアクションがあるはずだろうに。 「母さんおかえり、通夜どうだった?」  お風呂に入っていた健治が、話に入ってきた。 「うん、まあ悲しいお通夜だったわね。たくさんの人が来ていたわよ。お子さんたちも頑張っていたし……」 「ふーん、そっかあ」  それだけ言って、二階へ上がっていった。 「美月ちゃん、健治となんかあった?」 「特に何かってことはないですけど……。ちょっと喧嘩はしました」  お義母さんはお見通しだった。 「まあ、夫婦だって所詮は他人。喧嘩くらいはするわよね」  お義母さんは、深くは聞いてこなかった。なんとなく、理由はわかっているのだろう。  二人の関係は、日を追うごとに悪化しているように感じる。どちらかというと、変わってしまったのは健治ではなく、私の方なのだろう。今の私の頭の中はこの村に支配されている。どうすれば全ての疑問を解消できるのかを四六時中考え、それに固執しているのだ。このままでは、精神を病み、この村から出られなくなってしまう。  この村に、のみこまれないようにしなければ……。
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