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─2─
村へ来て、二日目。様々な手続きをしに、村役場へ。一通り手続きが終わると、私だけ別室へ通された。
「この度は、仙善村への移住、おめでとうございます。美月様には、この村で安全に、楽しく暮らしていただく為に、注意事項を何点かお話させていただきます」
──注意事項?
「まず一つ目は、この村での出来事や撮影したものをインターネット上に掲載することを禁じます」
「えっ? 写真を撮ることも禁止なんですか?」
「いえ、写真撮ること事態は問題ありません」
でも、インターネットに載せるなんて、今時珍しいことじゃないと思うんだけど……。
「そもそも、どうしてダメなんですか?」
「村の安全を保つ為です。写真などを見て観光客が増えれば、どんな人が来たのか把握できなくなり、村の安全が保たれなくなります。それを防ぐため皆さんにはこの注意事項を守っていただきたいと思っております」
腑に落ちないが、『安全の為』ということなら、これ以上何も言えない。それに、これだけ栄えていれば、観光客を呼ぶ必要もないのか……。
「二つ目は、村の外へ出る際、役場での手続きが必要となります」
──えっ? 自由に移動もできないということなの?
「こ、これはどういった理由なんですか?」
私は、呆気にとられながら質問した。
「何かあったとき、すぐに確認できるようにです。把握しておけば災害時などの緊急時にも、すぐに安否確認もできますし……」
こんな話、一度も聞いたことがない。まるで、隔離されているみたいだ。自由に動けるのは村の中だけ……。
SNSも自由に使えない、移動も自由にできない……。村民は大きな籠の中に入れられているようだ。どうやら、この村では、人の管理を徹底しているようだ。
何を言ってもキリがないし、健治に聞いてみた方が早そうだ。
そう言えば、村長には会えなかったな……。まあ、いつかは会えるだろう。
納得がいかず、すぐにでも健治に話を聞いてほしかった。この注意事項を健治はどう思っているのかを。健治なら、きっとわかってくれるはず……。
「ねえ健治、別室で変なこと言われたの」
「変なこと?」
「村の外へ行くときは、手続きが必要だとか、注意事項を聞かされたり……」
「あー、それか。俺たちを守ってくれているんだよ。いいことじゃないか。何が変なことなんだ?」
「えっ? 健治嘘でしょ? なんとも思わないの?」
「別に何も思わないよ。それに、安心だろ。何かあってからじゃ遅いしな」
──だめだ。しかし、健治はこの村で育ったのだから、普通のことに感じるのは理解できる。でも、健治の場合は、村意外でも暮らしていた。それなのに、この異常さに気づけなかったのだろうか……。
この村に来た時からなんとなく感じていた違和感が、徐々に現実味を帯びだしてきている。まだ何が不安なのか、靄がかかっていてはっきりはしていないが……。
役場の帰り道、お義父さんのお見舞いに行くことにした。簡単に村を出ることが出来ないとなると、余計出たくなる。
「健治、病院までどれくらいかかるの? 村の外へ出る許可は取った?」
「許可? 取ってないけど? もう着くよ」
えっ? 入院が出来るような大きな病院までこの村にはあるというのか?
「じゃ、この村にあるってこと?」
「そうだよ。基本なんでもあると思ってもらって大丈夫だよ」
──すごい。病院に限っての事ではないが、この人口でどうやって経営が成り立つのか、摩訶不思議だ。
到着した病院は、都会にある施設と遜色なかった。しかし、中に入ると、思った通り患者は少なく、またこの人の少なさが余計に、もの悲しさを感じさせた。
「父さんの病室は、四階だ」
綺麗で大きなエレベーターで四階へ上がると、病棟は静まりかえっており、私たちの歩く音だけが『コツコツ』と病棟に鳴り響く。
「ここだ……」
健治が緊張の面持ちで引き戸開ける。
「──父さん」
二人は言葉を失った。私たちが想像していたよりもずっと病状は深刻そうだった。
「健治……」
顔色を失った健治の手を握った。
「父さん、聞こえてるか? 美月連れて来たよ。──遅くなってごめん」
様々な機械に繋がれ、既に意識のないお父さんに、健治は震える声で話かけた。
「美月です。この村に引っ越してきました。お義父さん……」
これ以上は無理だった。
健治は私にもたれるように、顔をうずめた。大きな体が、今は小さく感じる。しばらく健治は、肩を震わし泣いていた。
「父さん、あんなに悪かったんだな……」
帰りの車内で健治はそう呟いた。
「──そうね」
私はこれ以上かける言葉が見つからず、そっと健治の肩に手を置いた。
家に着いて、健治はお義母さんと何やら話をしていた。
「母さん、父さんのことなんだけど、あんなに悪かったってどうして教えてくれなかったんだ?」
珍しく、少し苛立っているようだった。
「ごめんね。でも急だったのよ……」
お義母さんも辛そうだった。
「あんなに機械に繋がれて、──可哀そうだよ」
うつむきながら、健治はそう言った。
「そうよね。母さんもそう思っているのよ。でも健治が帰ってくるまではと思ってね……」
「──そうか。じゃあ、父さんが辛くないようにしてあげようよ……」
「そうね……。あんな姿じゃ、父さんも辛いわよね。少しでも生きていてほしいけど、それは私たちのわがままね……」
私は黙って話を聞いていた。
「美月ちゃん、引っ越してきてそうそう、辛い思いをさせてごめんなさいね」
「大丈夫です。お気になさらないでください」
こうしてお義父さんとは、数日後にお別れをすることとなった。
葬儀にはたくさんの人が集まり、お義父さんとの思い出を語り合っている姿をみると、お義父さんはみんなに愛されていたのだとわかった。そんなお義父さんの娘になれたことが、少し誇らしかった。
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