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──3──
朝日が昇る少し前に、健治に起こされた。窓の外を見ると、空は少しずつ明るくなりだしていて、綺麗なオレンジ色に染まっていた。
今日は牛舎の掃除を手伝うことになっている。冷たい水で顔洗い、無理やり目を覚まさせ牛舎へ向かった。
この家に来た時にも感じたのだが、ここの牛舎は、他とは違う臭いがするのだ。今までに嗅いだことのない、独特臭い。
「ねえ健治。この不思議な臭いってなんなの? 普通の牛舎の臭いとは違う気がするんだけど……」
「うーん、たぶん餌が違うからじゃないかな」
「餌が違う?」
「村のはずれに、家畜用の餌を作っている工場があるんだけど、この村独自の配合で作られているらしい。企業秘密のようで数人しか知らないみたいんなんだけど……」
この村の肉は確かにおいしい。これが、国から指定されている理由なのだろうか。知らないだけで、実はブランド牛か何かなのだろうか……。
シャワーに入り、少し遅めの朝ごはんを食べている時だった。突然、村の放送が始まった。何事かと耳を傾ける。
「本日、高峰健治さんが、ゼンコウを行います。おめでとうございます」
え? 健治? 健治がゼンコウ?
──ゼンコウって確か、この間温泉でおばちゃんが話していたことだ。おめでとうございますって何かいい事なのだろうか。
「健治、ゼンコウってなんなの?」
「ああ、美月は初めてだったか。ゼンコウか……簡単に言えば、徳を積むような意味だよ」
「ああ、その善行ね。でもなんでそんなこと発表するのよ」
徳を積むからって、わざわざみんなに知らせる必要はないと思うんだけど。
「これは、国から頼まれてやっている事なんだ。うーん、国の為というか……。まだ美月にはわからないだろうけど、善行を積むことによって、結果国民の為になっているんだ。俺たちは陰で国を支えているんだよ」
なんだか、誇らしく健治は語っているが、私には全くと言っていいほど響かなかった。
それではこの村の人達は本気で、この『善行』とやらを積む行為によって
「私たちは国を支えている」と本気で思っているのだろうか。いや、実際、本当に支えているのかもしれないが……。
「さて、行くか」
健治の表情が変わった。明らかに緊張で顔が強張っている。善行を積むのに、何をそんなに緊張する必要があるのだろうか。しかも、村中に放送で発表するなんて……。
「健治、必ず無事で帰ってきて」
健治を見るお義母さんの目は、涙ぐんでいた。
「健治、そんなに危ないことなの? 命に関わるようなことなの? ただいいことをするだけじゃないの?」
お義母さんの涙ぐむ姿を見て、急に不安が襲ってきた。
「美月、大丈夫だよ。失敗したことないし、母さんが大げさなんだよ」
まるで、失敗したら終わりかのような言い方……。明確な答えを言わないまま、健治は家を出ていった。お義母さんに聞いても、はっきりとした答えは返ってこない。
どうしても気になった私は、こっそり後をつけることにした。お義母さんにはバレないよう、役場に用事を足しに行くと言い、家を後にした。
昔読んだ、小説の探偵になったような気分で、健治の後をつける。昔から、気になったら自分の目で確かめないと気が済まない性格が、こんなところでも顔を出す。
探偵ごっこで興奮気味の頭の中を整理してみる。
この村の『善行』とは、国から頼まれてやっている、この村独自のこと。それによって、国民を陰で支えていることになっている。そして『善行』は非常に難しいということ。国から指定を受けているのは肉の事ではなく、この『善行』のことではないだろうか。
整理してわかったことは、かなり怪しいということ。村に来てからまだ日は浅いが、不信感が日に日に大きくなっている。村の異様な繁栄、役場で言われた注意事項……。
これを機に、自分の目で見て本当に怪しい村なのか確かめてみたい。そうでなければ、この村で安心しては暮らせない。
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