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─4─
健治は街のカフェに入っていった。
待てよ……。健治はさっき、放送ではじめて自分が善行をすると知ったはず。なのになぜ、この場所に迷いなく来たのか。善行に選ばれた人は必ずこの場所に来ることになっているのかもしれない。いわゆる『集合場所』なのか。私はとりあえず、カフェの前にある、雑貨屋で見守ることにする。
ほどなくして、女性の二人組がカフェに入っていった。そして健治の席に座った。一人の女性が健治に向かって笑顔で話しかける。一人は知り合いで、一人は初対面といったところだろうか。
十五分ほど談笑していると、緊張していた女性は、少しずつ慣れてきたのか次第に、自然な笑顔が増えてきた。会話が聞こえないので、状況はよくわからないが、決して怪しい雰囲気には見えなかった。
すると、初対面と思われる女性が席を立った。お手洗いだろうか。それと同時に、二人が急に慌ただしく動き出す。
打ち合わせをしていたかのように、キッチンから、ケーキとコーヒーが運ばれてきた。そして、女性が健治に『白い粉』を渡した。健治はトイレの方を気にしながら、その白い粉をコーヒーに入れた。それらは、一連の流れのように手際がよい。
「何をしているの……」私はその光景に釘付けになり、そう呟いていた。悪い予感が頭の中を駆け巡る。しかし、私の悪い予感はあまりにも『善行』とかけ離れている。
女性が戻ってきた。そして健治は自然にコーヒーをすすめた。すると女性は微笑み、コーヒーを一口、また一口と飲んだ。息をのみ、成り行きを見守る。
──何も起こらない。私は何を考えていたんだ。てっきり毒物を入れたのかと思っていた。恐ろしい事を考えてしまった自分が恥ずかしい。「ドラマの見過ぎね」そう呟き、雑貨屋を出ようをした時だった。女性が椅子から崩れ落ちたのだ。私の心臓が『ドクン』と跳ねる。
もう一人の女性は、手際よくどこかに連絡する。そして健治は、ただただ、床に転がる女性を見つめていた。
「健治が、人を殺した……」
私は、その光景から目を離せなくなっていた。衝撃のあまり、全身が硬直し、息をするのも忘れ、体が限界に達したのか、強制的に息を吸う。それと同時に吐き気が襲う。店の人に怪しまれないよう、必死に平然を装う。
どこかで待機していたかのように、すぐに黒いワンボックスカーが到着した。そして、手際よく女性を乗せ走り去っていった。
健治と女性は、何やら話をしているようだった。そして、その二人に黒いスーツを着た男性が近づく。二人は会釈をし、男性から茶色い封筒を受け取る。明らかな厚みがあった。少し話をしたあと、二人は何事もなかったかのように、解散した。
──あの女性はどこに連れていかれたのだろうか。本当に死んでしまったのだろうか。
足が震えてうまく歩き出せない。健治より先に家に帰らなけらば……。
なんとか、健治より先に家に着いた私は、未だに体が震えていた。玄関の前で大きく息を吸い呼吸を整える。
「ただいまー」
いつものように振る舞う。心臓の音が聞こえていないか心配になる程、強く、大きく響いていた。
すると、間髪いれずに健治が帰ってきた。
「ただいま」
その声は、少し疲れているようだった。
「おかえりなさい!」
お義母さんは嬉しそうな声で、駆け寄る。
「無事に帰って来れたのね。本当によかった……。ご苦労様」
私は、少し距離を置いて二人を見ていた。
「スムーズにいったよ。あとこれ……」
そう言うと、さっき黒いスーツの男から手渡された、茶色の封筒をお義母さんに渡した。
「お疲れ様。美月ちゃんこれ、健治の善行がうまくいった報酬よ。大事に使ってね」
お義母さんは、いきなり私に渡してきた。予想はついてはいたが、手に持ってみると、明らかに札束だった。しかも、ずっしりと重い……。
『これいくらあるんだろう』不覚にも、持ったことのない札束の重みに、そんなことを考えてしまった。あんな現場を見たというのに……。大金を手にした途端、普段は隠れている醜い部分が顔を出した。
「──お疲れ様でした」
震えた声がバレないよう、小さな声で呟いた。
「ありがとう。これで、うまいもんでも食いに行こうな」
──うまいもん? 狂っている。人を殺めてきた人の言葉とは思えない。完全に感覚がおかしくなっている。
その夜、ベッドに入り昼間の出来事を考えた。
今、隣に寝ている男は、殺人犯だ。一緒の布団に寝ている私もいつか、殺されるのかもしれない。考えれば考える程、全てが疑わしくなってしまう。
今日見たことで一番の疑問は、なぜ『善行』が人殺しなのか。そして、殺すことによって、なぜ国民を支えていることになるのだろうか。全く考えも及ばない。
あともう一つ。なぜ、この村の人は平気で人を殺すことができるのか。これは、推測の域を出ないが『洗脳』だろう。村ぐるみとなるとこれしかないと思う。しかし、どうやって……。
どっちにしても、まだまだ調べる必要がある。このまま、この村で暮らしてはいけない。しかし、味方がいないこの現状でどうやって調べるのか、沈思する必要がありそうだ。
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