とうとうやって来た瞬間

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とうとうやって来た瞬間

まさか兄と同じ会社に勤める事になろうとは夢にも思って居なかった私。 長い人生の間には、人生経験未だ浅い私など予想だにしないアクシンデントが起こるのだろうかとつくづく痛感したのだった。 衝撃の兄との対面から数日後人気の無い階段の近くで不意に室長(兄)から私は声を掛けられた。 「佐藤さん、ちょっと良いかな?」 (びくっ) 予想もしてなかった出来事に驚き過ぎて声も出なかった。その場で私は数センチは跳び上がっただろうに違いない。 私は一瞬、()()った微表情(びひょうじょう)で兄である室長を見ていたと思う。 (『微表情』自分の意識ではコントロール出来ない咄嗟の表情の事で有る) 兄に誘導されながら向かった場所まで、私は一言の言葉も発することさえ出来なかった今の私の気持ちを端的に表現するとすれば、肉食獣、いや猛獣類に捕食された草食動物正にそんな気分であった。 喉元をガブッとやられたら、いとも容易く仕留められてしまうそんな脆弱(ぜいじゃく)な存在だ。 「中に入って」  全く温度の感じられない兄の言葉。まるでロボットかAIが喋ってるかの様だ。 初めてこの会社で、再会した時の能面の様な兄の表情。ポーカーフェイスの兄の心情が全く読めず心底怖かった。黒田さんへの対応との余りの違いに亜香里は頭の中で自分に突っ込んでいた。 促されて入った小さめの個室室長は内側から鍵を閉めてから、やっと私に向き合った。 (施錠までして流石に用意周到だわ、私達の話しを誰かに聞かれたら困るものね。まさかとは思うけれど此処で録画録音はされていないよね) (一体何を言われるのだろう私にとって嬉しい話でない事は火を見るより明らかだわ) 「亜香里、どうしてこの会社に?初めてこの会社で再会した時ストーカーかと思った」 私は顔を上げられずに兄の顔を直視出来ずにただ俯いていた。 「お、お兄、いえ室長ストーカーなんてとんでも有りません。ここに入社したのは全くの偶然です。私は貴方が就職した会社が何処か知らなかったんです。勿論就活で何十社と受けていたのですが内定を中々頂けずに焦って……やっと内定を貰ってこの会社に就職出来たのです。お願いですどうか信じて下さい。どうか私を辞めさせないで下さい。決してしません」 私は必死に訴え掛けて、頭を下げて懇願した。 強要されたなら土下座も(いと)わない覚悟だった。 「兎に角兄妹と周りに分からない様に馴れ馴れしく話したり態度にもくれぐれも気をつけてくれ。宜しく」 「はい、分かりました。十分気をつけます」 私は室長に再び頭を下げた。 矢張り、私が妹だと周りに判るのは、兄にとって迷惑でしか無いんだと改めて寂しく思ったのだった。 そんなに私の存在が嫌なんだとつくづく痛感させられた。
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