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黒い涙を流しながら、女は泥臭く、地面に這い蹲り、子どもの命乞いをしていた。
これが母親なのか。
自らの命と引き換えにしても、子を助ける存在がいるのか。
最後の最後に、こんな茶番が見られてとても嬉しい。
――だが、何かが足りない。
「分かった。お前の命と引き換えに、子どもは助けてやる」
そう言って、俺は子どもの髪から手を離した。バランスを崩し地面に倒れた子どもが、おぼつかない足取りで母親の元へ駆け寄る。母親の顔に、一瞬だけ安堵の表情が浮かんだ、気がした。
子どもが倒れた。
赤い何かが飛び散って、母親の顔を赤く染める。
女は目を見開き、動かなくなった子どもをただ見つめる。
どうしてと、問うこともなく。
たった今、俺が子どもを撃ち殺したというのに。
ああ、そうだ。
絶望が足りなかった。
たくさんの人間を殺し、最後に足りないと思ったのは絶望する顔。
でもそれも満たされた。
「絶望を作るのは簡単だな。少しの希望をちらつかせ、それを叩き潰せば簡単に堕ちる」
この母親のように。
救われると思った命が奪われ、この女は何を思っているのだろう。
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