1話 ダークサイドの少年

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 中三の昼休み、学ラン姿の僕と砂乃くんは二人で教室で弁当を食べるのが日課になっていた。中二で転校してきた彼は三年になっても見た目は金髪のチャラ男だったが、すっかり僕に懐いており、弁当のおかずを僕におすそ分けするほどだ。  砂乃くんは弁当のウィンナーを幸せそうに食べつつ、斜め向こうに座っている少女を見てひそひそと僕に呟く。 「曽山くん、可愛いよねあの子。会長の倉本さん。彼氏いるのかなー?」  彼が注目していたのは洛奈だった。  洛奈は可愛いし明るいし頭もいいし、当時は生徒会長ということあってクラスの人気者だった。僕とは幼馴染だが勿論しょっちゅう一緒にいるわけじゃない。彼女はいつも女の子の友達と一緒にいるし、生徒会で忙しいし、僕と過ごす時は基本的に洛奈のほうから「勉強会しよう」「お茶しよう」「怖いゲームやろっ」って誘ってきた時だけだ。  洛奈からお誘いがくるというだけで僕は他の男子たちにやや憎まれていたけど、残念だが幼馴染とは姉弟に等しい特権であり、凡庸な彼らがそれ以上の存在になるなど不可能に等しい。  だから君もやめておけ、砂乃くん。と、少女漫画のキラキラ男子みたいにかっこつけながら嫌みを言おうと思ったのだが、チャラ男の砂乃くんから意外な言葉が出た。 「まあ俺には無理だろうな。高望みはやめとく」 「どうした急に。君らしくない」 「俺、多分……中学卒業したら働くし」 「は?」 「言わなかったけど、俺……父子家庭でさ。弁当も自分で作ってんの」  まさか、って思った。弁当のおかずはコンビニの幕の内弁当並のクオリティだったし、確かに僕の母さんが作った可愛いキャラ弁と比較したら低レベルではあったけれど。  砂乃くんの表情は視点が定まらず、ぼんやりとしている。 「親父は定職についてなくて貧乏で……そのくせ毎日パチンコばっかやってて。まあよくいるクソ親父なんだけど、一応俺の親父だし、卒業したら俺が働いて食わしてやらないと……」  彼の言っていることは僕にとってはあまりに非現実的で、衝撃的だった。 「どうせ高校行きたいって言っても許可してくれねーだろうし、制服代だって出してくれねぇよ。……って、俺は曽山くんに何言ってんだろ。ごめん」  最後に微笑んだ彼の詰襟の少し上、白い首筋にかすかに痣があることを僕は見逃さなかった。元々ヤンキーで喧嘩っ早い奴だから今まで傷や痣を見つけても気にしてなかったけれど、僕は気づいてしまった。  ――その日の放課後。僕はすぐに洛奈に砂乃くんのことを相談した。生徒会長の彼女なら何か解決策を知っているんじゃないかと思った。 生徒会室で大人しく僕の話を聞いてくれた彼女は、双眸を瞬かせた。 「虐待?」 「……多分、そう」  すると洛奈は瞬時に決断を下す。 「わかった。すぐに児童相談所に連絡しよう。瑠人は砂乃くんをなんとかして捕まえて、病院に行って診断書を貰ってきて。念のため私も今から電気屋で監視カメラを買ってくる」  こうして僕たちは二手に分かれて行動した。僕は砂乃くんを捕まえ、彼を説得して病院に連れて行った。最初は否定していた砂乃くんだったがやはり虐待されていたようだ。  その後、洛奈と合流した僕らは砂乃くんの住んでいるアパートへ行き、カメラを設置した。初めて訪れた彼の家は荒れていて、ゴミはなかったものの壁は穴だらけだった。児童相談所は明日、砂乃くんちを調査してくれることになった。  だがカメラ設置から二日後、いつも休まず学校に来ていた砂乃くんがその日は学校に来なかった。僕と洛奈は砂乃くんの身を案じ、学校を早退して彼の自宅を訪れた。アパートの隣人の協力を得てベランダから彼のいる部屋へと侵入すると、彼は青ざめた顔でうずくまっていた。 「砂乃くん!」  洛奈は彼に駆け寄り、僕も後に続いた。  砂乃くんの体は痣だらけだった。聞けば昨日、相談所の職員から事情聴取を受けた彼の父は虐待があることを否認し、その夜は激怒して砂乃くんに手を出したらしい。病院の診断書は相談所に一度提出したものの、砂乃くんは父を恐れ、相談所には虐待の怪我ではないとはっきり伝えてしまったようだ。 けれど――虐待の映像はしっかりとカメラに収められていた。洛奈が念のために用意してくれたおかげで。  洛奈は膝をつき、うずくまる砂乃くんの肩にそっと手を置く。すると砂乃くんはやや視線を上げて洛奈を見た。 「証拠映像はある。もう大丈夫だから。もう怖くない。君のお父さんが君に手を出すことはもう絶対にないから。安心して」 怯える砂乃くんに彼女が優しく声をかけると、砂乃くんは安心したように、静かに頷いた。 「……うん」  その後僕たちは警察を呼び、砂乃くんはようやく児童相談所に保護された。  しばらくして砂乃くんの体も心も回復し、彼は久しぶりに学校に現れた。放課後だった。彼は校門から出てきた僕たちを見ると、その場で泣いた。 「曽山くん、倉本さん……ありがとう」  周りに人がいるにも関わらず、号泣していた。 「助けてくれてマジでありがとう。俺、もう親父にビビッて暮らさなくていいんだな。高校も行けるし、これから色んな夢見たっていいんだよな。本当に……ありがとう」  その頃彼はまだ金髪のチャラ男だったし馬鹿みたいに大泣きするから凄い注目されて、見ている僕たちまで恥ずかしくなったのを覚えている。  でも僕は大したことはしていない。彼を助けることができたのは殆ど洛奈のおかげだ。  児童相談所の存在は僕もなんとなく知っていたけど、監視カメラまで設置したのは洛奈だ。砂乃くんが一度虐待を否認することまで洛奈がある程度想定していたからだ。  おかげで砂乃くんは救われた。僕にとって洛奈はホームレスから救ってくれた恩人だが、砂乃くんにとっても洛奈は、虐待から救ってくれた恩人なのだ。 そして――。
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