1話 ダークサイドの少年

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 太陽が沈みかけ白い月が顔を出した薄闇の頃、僕はゲームをセーブして電源をオフにした。  みんなでわいわい騒ぎながらやると楽しい。主人公レイが戦闘機に乗って無双している時、洛奈と砂乃くんはずっと僕の後ろで応援してくれた。  食べ散らかしたお菓子を片付けようと手を動かしていると、洛奈も立ち上がってジュースのコップを集め始めた。 「ありがとう、洛奈」 「いいよ、これくらい」 「もしかして俺も手伝わないといけないかんじ?」  砂乃くんが面倒くさそうな顔で尋ねてきた。そういう奴は手伝わなくていい。  実際二人で十分だったので、砂乃くんには「君は寝てろ」と言い残し、僕と洛奈はそれぞれゴミとコップを持って一階へ降りていった。  ポテチの袋は燃えないゴミなのでちゃんと仕分けしないといけない。洛奈は台所のシンクにコップを置き、勝手に洗い始めた。なんて気が利く幼馴染だろう。僕もすぐに洗いものに参加しようと思ったが、コップ三つなど彼女は秒で洗ってしまった。 「あ、もう終わったよー」  彼女の姿が一瞬、エプロンを身にまとった主婦に見えた。僕は疲れているんだろうか。 「どうも……」  片付けが終わり、僕たちは先刻までゲームをしていた僕の部屋に戻った。ドアを開けると、砂乃くんは背中を向けて何やらこそこそやっていた。 「砂乃くん、何してるの?」  先に声をかけたのは洛奈だ。 「ひっ! べ別に、なんでもないから!」  彼はこちらを振り返ると同時に後ろ手に何かを隠した。いったい何をそんなに慌てているのか。無理やりにでも持っているものを取り上げようかと思ったが、 「もしやエッチな本でも見つけたとか?」  洛奈がとんでもない暴論を言い、僕は内心ドキリとした。 「違っ……」と砂乃くん。 「洛奈、僕の家にそんなものはないッ!」  僕は砂乃くんの前にさっと出て、必死で彼を庇った。 「怪しいなぁ」  疑心の目で僕を見つめる洛奈。その目はまるでどこかの名探偵のようだ。追い詰められた僕は砂乃くんと窓から逃亡を図ろうかと考えたが、ここは二階だ。ドッペルゲンガーの僕は無事でも人間の砂乃くんは怪我を負ってしまう可能性が高い。どうする……?  真面目に不真面目なことを思案していると、洛奈は諦めたかのように肩を落とし、 「ま、いいや。男の子の趣味をとやかく言うつもりはない。そういうものに興味を持つは健全な証拠だしね」と言ってウィンクした。  僕はもはや何も言い返せなかった。砂乃くんもさっきからだんまりを決めている。 「じゃあ、日が暮れる前に私はそろそろ帰るね」  洛奈は鞄を持つと「バイバイ、また明日!」と言って部屋を出ていく。続いて砂乃くんも、 「俺もそろそろ帰るわ」  僕の背後で幽霊みたいな声で呟いた。 「ああ……うん」  振り返ると、砂乃くんは鞄のチャックを締めて身支度を整えていた。エッチな本、というか樹海城の薄い本(同人誌)は僕が見ていないうちに元の場所に隠してくれたのだろうか。砂乃くんが部屋を出て階段を下りていくのを確認した僕は本棚の裏を確認した。無事、薄い本はそこにあり僕はホッと胸を撫で下ろす。 「……はぁ」  最後にひと騒動あって少し疲れた。シャワーでも浴びようかな。  僕は部屋に制服を脱ぎ捨て、パジャマを持ってお風呂場へ。お湯を沸かすのは面倒だったので宣言通りシャワーだけ浴びる。  平均的な身長、痩せ型、肌は白くてよく「もやし」って言われる。血液型は瑠人と同じA型。  ドッペルゲンガーの肉体は本来オリジナルの姿を模しているが、僕のオリジナルはすでに亡くなっているので、成長した僕は果たしてオリジナルに模していると言えるのか、風呂場の鏡を見ながらふと疑問に思う。  一見すれば人間にしか見えない。だが身体能力はバカみたいに高い、歪な体。  オリジナルを呪い殺す力を持つ、悪魔。  曽山瑠人は死ぬ必要なんてなかったはずなのに。もし神様がただの好奇心で僕を生み出し、『ダークサイド』をプレイしてみたというなら、神様は最低のクズ野郎だ。  風呂場から出た僕はタオルでわしゃわしゃ髪を拭く。水滴が身体からぽたぽたと滴る。人間の真似をし続けている僕は今後も曽山瑠人を名乗り、嘘をつき続けるんだろうな……。  その日は久々にぐっすり眠れた。  朝起きると父さんが朝食を食べていた。昨夜は何時に帰ってきたのか気づかなかったが、父さんはいつもそんなかんじだ。僕も軽くご飯を食べて父さんを送り出し、制服に着替えた。今日は燃えるゴミの日なので登校途中にゴミを捨てよう思い、僕は家に溜まっていたゴミを集め始めた。  そしてふと思い出す。曽山瑠人の絵日記だ。  一緒に処分しようと思い、僕は自室に戻ってベッドの下に腕を入れた。 「確かこの辺に……」  昨日の朝、白い紙袋に入れてベッドの下に隠しておいたのだが、あれ? おかしい。  どこに手を伸ばしてもそれらしき物にたどり着かない。焦った僕は腕を引っ込め、自分の顔をベッドの下に潜り込ませた。しかし、 「……ない」  曽山瑠人の絵日記はなぜか袋ごと、忽然と消えていた。
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