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一階へと続く階段を降りている時だった、向こうから西崎先生が登って来た。
「卒業おめでとう」
先生は少し困ったような顔で笑いながらそう言った。
「お世話になりました」
ふと踊り場の開けっ放しの窓から風が吹いて、桜の花びらがいくつも舞い込んだ。
なぜだろう、急に目が覚めたようなそんな感覚があった。
霞む視界を遮り手を伸ばしてきた先生が、かすめる程度の手付きで私の前髪に触れる。
「花びら、ついてた」
かつて思い焦がれたあの節くれだった指先で淡く色づいた儚い花びらを摘むと、思いの外素っ気なく、西崎先生は踊り場の床へとそれを放った。
「ーーねぇ、先生」
その指先を視線で追いながら、私は呟いた。
「先生は、ミスチルの曲ならどれが一番好きですか」
下の階から登ってきた二人組の生徒が、楽しそうに喋りながら通り過ぎていく。
先生は邪魔にならないように階段の手摺りの方へと身を寄せた。
「そうだなぁ……シーラカンスかな。深海ってアルバムに入ってるやつ」
頭の中の引き出しをパタパタと開ける。
そうだ、借りたけど「なんか私には合わない」と思って一度しか聴かなかったやつだ。
萎み切ったきり、胸につかえていた何かが、ゆっくりと沈んでいくのを感じる。
私は深い水の底から先生のことをずっと見上げてきた、きっと彼とは見えている世界が違うのだろう。
「さようなら」
そう告げる自分の声は、何だかとても大人びたものに聞こえた。
「……さよなら」
不意をつかれたような顔をして、西崎先生がそう返した。
私は先生の脇を擦り抜けて階段を足早に降りると、一階にたった一台だけ置かれている自販機へと向かった。
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