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再会
喫煙スペースに来た俺は、久しぶりの東京の汗ばむ陽気に辟易しながら喪服の首元を緩めた。今日は幼馴染の葬式だ。
幼馴染といっても18でアイツが東京に行ってから一度も会っていない。久しぶりに見たアイツの顔は思いのほかあの頃の面影を残していて、『あぁ…ほんとに死んだんだ…』と実感のなかったアイツの死がこのとき初めて現実に感じられた。
「タバコ、1本貰えますか?」
声を掛けられ振り向いたそこには今日の喪主であり、幼馴染のパートナーの柴田幹二が立っていた。
「この度はご愁傷様です」と頭を下げタバコを差し出すと、柴田はタバコを受け取りながら「藤崎さんですよね?」と聞いてきた。
「はい、そうです。ご挨拶が遅くなってすみません」
「良かった、来てくださったんですね。優希、地元には友達いないからってあまり話してくれなかったんですけど、連絡先を整理していたら藤崎さんの連絡先のメモがあって…手放さずにいたってことは仲の良かった人なのかなと思ってご連絡したんですが…」
「妻から聞いた時は驚きました。優希とは幼馴染の腐れ縁で、あいつが地元を離れるまではよく遊んでたんですよ。地元にあまり馴染めなかったやつだから、東京で楽しくやってるのかなと思っていたんですが…最後に顔が見れて良かったです」
「優希とは全く連絡取っていなかったんですか?」
「えぇ、あの頃優希はケータイとかも持ってなかったので…優希も地元には帰ってこなかったのでなかなか会う機会もなく…」
「じゃあ私のことも驚いたでしょう」
柴田はそう言うと申し訳なさそうに苦笑いをした。
「あーいえ、まぁ…全く驚かなかったといえば嘘になりますけど、田舎と違って東京は進んでいるのでまぁそういう関係もあるのかなと…それに優希もあなたのようなパートナーに出会えて幸せだったんじゃないかな」
「ありがとうございます。私もそうだといいなと思っています…」
柴田そう言って遠くに視線を向けた後、手に持っていたタバコを思い出したように咥えたので俺は持っていたライターで火をつけてやった。
同じ銘柄のタバコだとか、愛煙家には厳しい世の中になったとかたわいもない世間話をしながらしばらく二人でタバコを吸っていていると「少し聞いてもらってもいいですか?」と柴田が遠慮がちに言うので、俺は柴田に2本目のタバコをすすめながら「いいですよ」と答えた。
「私の一目惚れだったんです。優希は可愛くて優しくて…でも一人の時にたまに見せるぼんやりした姿が色っぽくて…私、必死にアプローチしたんですよ。ライバルも多かったです」
と柴田は昔を懐かしむように語り始めた。
「優希と付き合えることになって、一緒に過ごした時間は幸せで…優希のことも私が一生かけて幸せにしようと思っていました。なのに半年前に癌が見つかって…」
「癌だったんですね…」
「えぇ…優希が体調を崩して病院に連れて行ったら見つかって、それからはあっという間でしたね。でもそんなことになっても優希は強かったな…私の方が参ってしまって、逆に優希に励まされてしまう始末で」
柴田はその時のことを思い出したのか、愛おしそうな、でもどこか切なそうな表情を顔に浮かべていた。
「最後の時も『かんちゃん、向こうで待ってるね』って言ってくれて…多分私が寂しくないように言ってくれたんだと思います」
「………そう…だったんですか…」
「すみません、こんな話。優希が亡くなってからずっとバタバタしていて…優希のことを思い返す時間もなかったので、誰かと話したかったんです」
「…私も優希の話が聞けてよかったです。優希が東京で寂しい思いをしていなくて安心しました」
柴田は俺の言葉を聞くと嬉しそうに控えめに笑い、残り少ないタバコを吸った。
それから程なくして遠くから柴田を呼ぶ声が聞こえてきた。
「しまった…戻らないと。藤崎さん、ありがとうございました。ここで会えてよかったです。」
「こちらこそ、お忙しいときにありがとうございました」
「今度もしよかったら地元での優希の話も聞かせてください」
そう言って柴田は名刺を渡して「東京に来られる際は是非連絡してくださいね」と言い足早に去っていった。
一人残された俺も残りのタバコを吸い終え、喫煙スペースを後にした。
今日ここに来てよかったと思う。6月には珍しい真っ青な晴れ空がまるで自分の気持ちを表しているようで、俺は眩しさに目を細めながら空を見上げた。
「俺もいくかな…」
そう呟き自分の帰るところへと歩き出した。
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