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「こんにちは。今日はお集まりいただきありがとうございます」
俺の仕事は、桁ちがいに安い大根や人参とかを会員さんたちに販売すること、そして商品を買ったあと集められた会員さんたちの前に立つことだった。
「大勢の人の前で話すのにまだ慣れてなくて、緊張で手汗がすごいです。……えへへ」
司会って名目の俺が照れ笑いをすると、会員さんたちも“うふふ”と笑う。
「そこで皆さんにお願いがあります。話の合間にはい!って合いの手をはさんでいただけますか?」
すかさず先輩がマイクを持って、会員さんたちもはい!って答える。
そこからは先輩と店長の独壇場で、わりとどうでもいい世間話をえんえん話してから、高価な健康食品を会員さんたちに買わせてしまうんだ。
そう、俺の就職先は、自然食品販売とは名ばかりの、催眠商法の店だった。
……騙された!って、叫びたい気分だったよ。
「広瀬くんみたいな、人の良さそうな若者が司会すると、会員さんたちもすぐ心を許してくれるんだ。ほんと、助かるよ」
店長の言葉を聞いた瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。
そんなところを評価されて就職できただなんて、知りたくなかった。
だって、ばあちゃんと同じような、おじいさんやおばあさんたちから、騙しとった金が給料なんだろ?
……そんなの、最低すぎる。
その日の帰り道、俺は駅のホームから快速電車の前に身投げした。
この世から消えてなくなりたかったのに、なぜか俺はゲームの世界に転生して、なぜかまたインチキ食料品店の人になっている。
普通、異世界転生したら、チートな何かが起きて、人生好転するもんだと思ってたんだけど。
……おかしいな。
正直なんて名前なのに、俺は誰かを騙す職業に就く星のもとにでも生まれたんだろうか?
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