第一次上田合戦

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「……良かったね……」 イナが、純粋な気持ちでそう言うと、 幸村は突然、机に置いていた手習いの紙をぐしゃぐしゃと丸め イナに向かって投げつけてきた。 「痛っ!?」 「お前の態度、ほんと腹立つ!」 「どうして?!」 「いっつも冷めたような態度のくせに 兄上の話をする時だけぽーっと顔を赤らめやがって! 気持ち悪いんだよ!」 「そんなこと言われたって……」 「ああーもう」 幸村が再び紙を丸めてイナに投げつけると、 いつもは大人しいイナもさすがに腹が立ったのか 床に落ちている丸めた紙を拾い上げ、幸村に投げ返した。 「いってぇ!何するんだよ!?」 「やられたからやり返しただけ!」 「お前っ、そんなはしたない真似していいのか!? 兄上に言いつけるぞ!」 「そうやって信幸様に言いつけることでしか私を脅せないくせに! 私の立場が下だからって何をしても良いと思ってるの?!」 「いいだろ、お前は俺の家臣なんだから!」 「私はあなたの家臣じゃない!!」 紙を投げ合っていた二人だったが、 やがて互いに激昂し、取っ組み合っての喧嘩に発展していった。 「女のくせに何だよその怪力は!?」 「幸村こそ、女の私に暴力を振るったりして恥ずかしくないの!?」 「暴力ぅ?俺が一度でもお前を殴ったかよ!?」 「今こうして私の手首を握りしめてるじゃない!」 「そう言うお前だって俺の髪の毛を掴んだりして野蛮だぞ!」 「ならばこの手を離して!」 「お前が先に離せ!!」 ——騒がしい二人の声は屋敷中に響き渡り、 いつしか部屋の前には大勢の家臣が押し寄せていた。 女中の少女が幸村に掴み掛かっている、という報告を受けた信幸が駆け付けた頃には イナが幸村に馬乗りになって髪を引っ掴んでいるところだった。 「いだい、いだいっ! 髪が抜ける!抜けちまう!」 「幸村の髪なんて全部抜けちゃえばいいんだ!」 「幸村!——イナ!」 信幸の声が聞こえたイナは、はっと我に返った。 着物をはだけさせ、髪も乱れた様子で 幸村の上で馬乗りになっている自分のはしたなさにようやく気付いたイナは 顔を真っ赤にし、すぐさま幸村から退いた。 幸村は息をぜいぜいと吐き出しながら起き上がると、 目の前に信幸の姿があることに気が付いた。 「……兄上」 「幸村、イナ。 ——何をそんなに揉めていたんだ?」 信幸が幸村とイナを交互に見ると、イナは今にも泣き出しそうになり、顔を伏せた。 信幸への気持ちをからかわれ、それがきっかけとなって大喧嘩になったとは 口が裂けても言いたくなかったイナが 何も言えず俯いていると、代わりに幸村が口を開いた。 「……俺がイナを驚かせてやろうと思って、 背中に虫を入れたんだ」
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