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「え……?!」
イナが驚いて顔を上げると、幸村は瞳に大粒の涙を溜めていた。
「どうしてそんなことをした」
信幸が問う。
「イナが……、イナが俺より勉強できることが気に入らなかったから……。
それから農民のくせに、お姫様のような言葉遣いなのも鼻につく。
それに見てると腹が立つ顔をしてるから……っ、
だから悪戯してやったんだよ!
そしたらこいつ、たかが虫一匹で大騒ぎして、暴れ出して——」
幸村がそこまで言うと、信幸は
「もういい」
と言って幸村を遮った。
「言い訳が済んだなら、イナに謝って」
「——ッ」
幸村は息を呑んだ後、もじもじと下を向いた。
「……嫌だ……」
「どうして」
「……気に食わないから」
「——幸村」
幸村が渋っていると、信幸は幸村に近寄り、顔を突き合わせた。
イナからは見えなかったが、幸村は信幸と目を合わせた後
顔面を蒼白させ、それからイナの方にくるりと向き直ると、がばりと頭を下げた。
「——ごめんなさい」
「え……。あ……」
イナが、突然の幸村の変わり身に戸惑っていると、
信幸が申し訳なさそうな顔でイナを見た。
「イナ。幸村が最低な悪戯をして、不快な思いをさせてすまなかった。
君が頑張って手習いを付けてくれていたのに、弟はそれを踏み躙るようなことをして……彼のことは躾直す必要がある」
「そんな……!
わ、私こそ……信幸様の弟であられる御方に掴み掛かったりして……
本当に無礼な真似を——申し訳ございませんでした」
イナが額を床に擦り付けて謝ると、
信幸はイナに近寄り、その頭を上げさせた。
そして、イナの身体を起こすのと同時に耳元で囁いた。
「俺は君の賢さも、丁寧な言葉遣いも、君の良さだと思ってるよ。
それに——幸村はああ言ってるけれど、
俺から見たら、君はとても可愛らしいと思うよ。
だから、幸村の言ったことは間に受けなくていいからね」
「……!は……ぃ」
信幸から「可愛らしい」と囁かれたイナは、
顔を真っ赤にしたまま硬直し、返事をするので精一杯だった。
信幸様に、可愛らしいと言われた……
可愛らしいと……。
イナがぽうっと顔を赤らめたまま動かないのを横目に見ていた幸村は、小声で
「気持ち悪い奴」
と呟いた。
「——幸村?」
すると、信幸の視線が再び幸村に向き、
幸村は今度こそ世界の終わりかのように顔を青ざめた。
「……君には読み書きの前に、人との接し方を学び直してもらわないといけない。
後で俺の部屋に来るんだよ……」
「ひっ、ひゃい!!」
幸村は声を裏返らせながら返事をすると、
涙を拭い、イナに
「謝ったんだから、もう自分の部屋に帰れよ」
と促した。
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