第一次上田合戦

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「え……!?」 イナが驚いて顔を上げると、清音は笑みを浮かべたまま続けた。 「イナって、女中にしては立ち振る舞いに品があるし、 この辺じゃ見かけないほど綺麗な子だなあって思ってたの。 私にイナみたいな妹がいたら、周りに沢山自慢するだろうなあ、って!」 清音にそう言われたイナは、目を丸めて耳を赤くした。 実の父からは『そのような軟弱な顔つきでは敵に舐められてしまうぞ!』と言われ、 幸村からも『見ていると腹が立つ顔』などと罵倒されてきたイナは、 自分の容姿に自信を持ったことがなかった。 唯一、信幸からだけは 幸村から罵倒された時に『可愛らしい』と庇ってもらえたため とても嬉しかったのを覚えているが、 歳の近い同性から手放しに褒められたのは初めてのことだった。 「あ……。ありがとう……ございます」 イナがおずおずと頭を下げると、 清音は笑みを浮かべたままこう告げた。 「ほんと、この辺で見ない顔立ちだけれど イナの実家はどの辺りにあるの?」 「っ、私の実家……ですか」 イナは言葉を詰まらせた。 自分の生家——本多家のことを話す訳にはいかない。 信幸や真田家の人々にも、家は戦で焼け 家族も亡くしたと嘘をついているイナは 清音に対しても同じように嘘を答えた。 「私の家は、先日の戦で焼けてしまって…… それで、ここに住み込みで働かせてもらっているんです」 すると清音は、目をパチパチとさせた。 「ええっ……、それは大変だったね……」 「いえ……」 「焼ける前のお家は、どの辺にあったの?」 「っ!……ええと」 背中に冷や汗が滴り落ちる。 どの辺か、だなんて聞かれても困る。 真田の領地——信州上田の土地勘は全くないのだから。 イナは、仕事の用事でたまに屋敷の外へ買い物に行くことはあったが、 生活圏内は限られていたため、屋敷周辺以外の土地の名前や地形は全く知らなかった。 尚も関心を持った目でこちらを見つめてくる清音に、 彼女が納得するような答えを返さなければと額からも汗を流した末、 イナは呟くような小さな声で答えた。 「……三河……」 「え?」 清音が聞き返すと、 「三河国、です……」 とイナは繰り返した。 「ミカワ……。そんな地、信濃国にあったかなあ?」 清音は首を傾げた。 「あ……もしかして、他の国からここまで来たの?」 「!」 「遠い所に住んでいるはずのあなたが、 どうして上田での戦いで家を焼かれることがあるの?」 「っ……それは」 イナはたじろいたが、清音の詰問は止まらなかった。 「そういえば、喋り方の訛りもこの辺りのものじゃないよね。 三河がどこにあるのかは知らないけど、 もっと自分の実家の近く——領国にあるお侍様の屋敷で働こう、とは考えなかったの?」 「それは——信幸様が、この家に置いて下さったので……」 「でもさ、生家から遠く離れた地で暮らすことに抵抗は感じなかった?」 「……信幸様が……」 イナがそう口にして言葉を切ると、 「信幸様が?」 と清音が尋ねた。 「私に責任を持つ、と仰ってくださって……」 「責任——」 「そう言ってくださったのが、たまらなく嬉しかったから……です」 イナが素直な心のうちを告げると、清音は 「ふうん」 と言ったあと、にっこりと微笑んだ。 「信幸って、昔からそうなのよね」 「え?」 「誰にでも優しくて、困っている人がいれば無条件に手を差し伸べてしまうの。 そんなんだから、昌幸様から 『お前は優しすぎる、武士に向いていない』 なんてお説教をされていたっけ」 「……は……ぁ」 「だから、イナは運が良かったね! 皆に親切な信幸が、偶然あなたを見つけたんだから!」
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