第一次上田合戦

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——信幸の言葉に、誰よりも衝撃を受けたのは当然のことながらイナだった。 恋心を抱く相手から、あろうことか彼の弟とお似合いだと言われてしまったイナは ショックのあまり言葉を失ってしまった。 だが顔面蒼白の幸村と、言葉を失くしたイナの様子とは裏腹に 清音も楽しそうに信幸に同調した。 「そうねえ!二人は歳も近いし、お似合いよね! ——ほら幸村っ、イナにちゃんと謝って 男らしく告白してみせたらどう!?」 清音が囃し立てると、他の家臣達も関心を示し いつのまにか、若い二人の恋路を応援しようという空気が漂っていた。 ——何、これ……? イナは困惑した。 私は信幸様に想いを寄せているのに…… 幸村のことは異性として見たことなんて一度も無いのに。 どうして皆、私が幸村を好きだという前提で 温かい目を向けて来ているのだろう。 それに幸村だって、私のことが好きだなんて ありもしない言い掛かりを付けられたりして 今回ばかりは幸村も可哀想…… 「ほら、二人とも。もっと近くに寄ったらどうだ?」 「そうですぞ幸村様! 酒の力を借りて、今宵漢気を我らに見せてくだされ!」 家臣達は、イナと幸村それぞれの背中を押し 二人を近付けようとした。 幸村は尚も放心状態であったが、 無理やり幸村と肩がぶつかる距離まで近づけられたイナは 本能的な嫌悪が走り、咄嗟に手が伸び 幸村と、彼の背中を押していた家臣もろとも 突き飛ばしてしまった。 「うわああ!?」 力強く押された幸村と家臣は、酒で足元がふらついていたこともあり いとも簡単にその場に倒れ込んでしまった。 「!……あ……」 イナは突き飛ばした直後、自分がとんでもないことをしてしまったと気付き、顔から血の気が引いていった。 「あ……私……、ごめんなさ——」 イナが震える声で謝ろうとすると、 言い終えぬうちに清音が声を発し、イナの謝罪を掻き消した。 「もうー、幸村もイナも! 酒の席なんだから、もっと楽しくやらないと! 私のちょっとした冗談を、二人ともすぐ真に受けちゃうんだからー!」 「冗……談……?」 イナが、かくかくと小刻みに清音の方へ首を向けると 清音は「そっ、冗談!」と繰り返した。 「ほら、ねえ……? 幸村みたいな粗暴な奴に、上品で可憐なイナが惚れるはずないじゃない? 幸村にちょっとだけ夢を見せてあげようとしただけなのにー、 二人とも真剣な目つきになっちゃうんだから、ああ可笑しい……」 そう言って楽しそうに酒を流し込む清音を見たイナは、 心の中に抱えていたもやもやが喉元まで出かかっていることを自覚した。 清音様は、私をちょっとからかっただけ。 ただでさえ幸村と、真田古参の家臣を突き飛ばしてしまった上に 清音様に……酷いことを言ってしまったら、 もう私の居場所は真田になくなってしまう。 ——信幸様に軽蔑されてしまう。 耐えて、耐えて。自分……。 ほら……、幸村が私を好いているだなんて 趣味の悪い冗談だとすぐに分かっただけ、良かったじゃない。 だって幸村に好意を持たれていたとしても、 私が好きなのは—— 「私は——信幸様をお慕いしています……」
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