第一次上田合戦

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不意に、その言葉が口をついて出た。 私は何をしているのだろう。 決して明かすつもりのなかった胸の内を、 こんな大勢の人が注目しているなか、 それも本人を目の前にして口にしてしまうなんて。 そう後悔したが、遅かった。 イナの口から出て来た言葉はその場にいた皆が聞き届けた後だった。 「……えー!そうだったの!?」 真っ先に反応したのは清音だった。 「えっ。ええっ!そうだったんだァ。 あー……イナは凄いねぇ! こんな大勢の前で想い人のことを打ち明けられるなんて! 勇気があって尊敬するなァ…… ね。ねっ?みんな!」 清音が辺りを見渡すと、家臣達は戸惑いながらも 「あ、ああ……」 とどうにか反応を返した。 だが、イナと幸村、そして信幸の三者は 暫く何も言葉にすることができず、ただ立ち尽くしていた。 「おーい……?」 清音が、固まっている三人に話しかけると、 暫くして幸村が口を開いた。 「……知ってた」 呟くように言うと、幸村は静かに広間を後にした。 後に残されたイナと信幸だったが、 先に口を開いたのは信幸だった。 「——イナ」 「!……はい」 「向こうで話そうか」 信幸はイナの肩を抱くと、大勢の視線が集まる広間から 人気の無い別の部屋へとイナを誘導した。 「ええー?二人でどこ行っちゃうのォ?」 清音が呼び止める声が聞こえて来たが、 信幸はそれを無視し、イナを宴会場から遠ざけた。 ——誰も側で耳を立てられないところまで歩いて来た信幸は、 イナと向き合ってこう切り出した。 「さっき、君が言った……」 「!……」 「俺のことを慕ってるって話—— あれは本当のことなのかな?」 信幸が落ち着いた声で問うと、イナは顔を真っ赤にして俯いた。 そして少し言葉を選んだ後、ゆっくりと答えた。 「……幸村のことは、全然好きじゃありません。 好きじゃないのに、私の気持ちを決めつけたように盛り上がるあの場の空気に耐えきれず……、 大変な無礼を働いてしまいました」 「——俺のことが好きだというのは?」 信幸は、自身の問いについては答えようとしなかったイナに対し もう一度確かめるように尋ねた。 「ぁ……」 「イナ——」 「……本当、です……」 イナがとうとう認めると、信幸は深く息を吐き出し、 これまで見せたことのないような、まるで苦悩するかのような表情を見せた。 あ—— イナはそれを目にした瞬間、 信幸が自分の思いを拒絶したのだと悟った。 「……そう、か」 長い間の後、そう口にした信幸に対し いたたまれない気持ちでいっぱいになっていたイナは顔を上げた。 「あの、信幸様……。 信幸様は……私のことを、どうお思いですか……?」 期待するような返事が戻ってこないことを覚悟した上で、イナは思い切って尋ねた。 すると信幸は、今度は先ほどと違って間髪を入れずに言葉を返した。 「君のことは可愛らしいと感じているよ。 ——俺に妹がいたら、こんな感じかな——とは思ったりもした」
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