3年後

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3年後

それから三年の月日が流れた。 イナは出家し、尼となっていた。 ——三年前、信幸の手引きで本多家に戻って来たイナは 父である忠勝はじめ、家族の皆から温かく迎え入れられた。 戦場でイナが誘拐されたのは、彼女を戦地に連れ出した自分の責任であると忠勝は悔やみ、 イナの母も、生死不明の娘が何日も見つからなかったことから生存を諦めていた。 徳川方でも名のある武将の娘が拐われるということは 身代金目当てか、和睦交渉など人質として何らかの目的を果たすためである可能性が高いが、 どこからもそういった話が舞い込むこともなく、 つまりはイナが既に命を落としているのではないかと本多家の皆が思っていたのだ。 ——そんな中で信幸から文が届き、 真田家で健康な状態で過ごしていることがわかると、夫婦で泣いて喜んだ。 敵方として戦った真田家の嫡男からの知らせとあって家臣達は警戒したが、 信幸の誠実な文章と、返事を出してすぐにイナが無傷で戻ってきたことから 忠勝は信幸に他意がないことを判断した。 忠勝は、戻って来たイナに対して土下座をし、父親として誤ったことをしてしまったと自身の愚かさを恥じる様子を見せた。 イナは、突如として信幸の元から引き離されてしまったショックで 家族の元に帰って来たことを素直に喜べずにいた。 だが忠勝は、イナが誘拐され、慣れない地で日々を暮らすうちに心を病んでしまったのだろうと捉え これまでの厳しい教育方針が嘘のように イナに優しく接するようになった。 今まで木刀と兵法書を与えられて来たイナは 一変して、ずっと憧れていた茶道や琴、和歌の手習いを受けさせてもらえるようになった。 可愛らしい着物や、高価な化粧箱も一式買い揃えてもらった。 しかし、イナが心から笑うことはなかった。 信幸様に会いたい。 真田のお屋敷に帰りたい—— そんな想いが募り、どれだけ甘やかされても嬉しそうな様子を見せることのないイナを 忠勝は不安そうに見守る日々が続いた。 イナが本多家に戻り、丁重に扱われる日々が一年ほど続いたある日—— 忠勝はイナに話があると呼び寄せ、 縁談が来ていることを伝えた。 動揺するイナに、忠勝はこう言った。 才女であり美しくもあるお前にぴったりな、 申し分のない家柄の子息との縁談を 主君である家康様から頂戴した。 お前の伴侶となる者が、きっとお前を幸せにし、笑顔にしてくれるだろう——と。 それを聞いたイナは、足元が崩れ落ちていくような絶望に駆られた。 信幸様のことを忘れて、他の殿方の元へ嫁がなければならないの? それも、徳川家康様から直々に賜った縁談ということであれば 私が父上に懇願したところで、父上は主君からの好意を無碍にするようなことはしないだろう。 家康様が父上にとってどれだけ絶対的な存在であるかは私でも分かる。 私が生きている限り、この縁談を反故にするという選択肢はきっと存在しない——
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