153人が本棚に入れています
本棚に追加
忠勝から、信幸との結婚が理想的であると告げられたイナは
どきどきと胸が高鳴っているのを感じた。
私が……真田家に嫁ぐのは最高の選択?
少し前までは敵同士で、それゆえに信幸様は私を真田には置いておけないと判断した。
信幸様が非情な性格だったのであれば
人質としての価値を見出し、あえて私をそのまま置いておくこともできただろうに
私の身を案じて、私のことを考えて
本多家に帰してくれた信幸様。
もう二度と会えないかもしれない、と諦めかけていた信幸様と——私が結婚……?
そんな希望の光が差し込んだイナだったが
重大なことを思い出し、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「——信幸様と結婚することは叶いません……」
「何故だ!?」
自身もイナも、目に光が宿り、希望が湧いて来ていたその時に
イナから後ろ向きな言葉が出て来た忠勝は青天の霹靂だった。
「真田の縁者になるのはお前も私も願ってもない話だと言うのに、何故叶わないというのだ!?」
するとイナは、瞳にうっすらと涙を浮かべた。
「……信幸様は、私のことを好いていないから……。
真田家でお世話になっていた頃、信幸様からは
私のことは妹のようであると、はっきり告げられているので——」
イナはそのままポロポロと涙をこぼし始めると、
やがて堪えきれなくなった。
「信幸様が私を慕っていないのに、信幸様と夫婦になることなどできるはずがありません……!
信幸様の方からお断りを入れられることでしょう。
……だから、私は……
これから先も尼として生きていきます」
「!そんな——そんな、イナ!!」
忠勝は門にしがみつき、必死でイナに呼びかけた。
「心配するでない。
結婚とは家と家の結びつきなのだ。
私や真田の現当主が納得し、我らの主君が後見人となってくれたならば
相手の気持ちがどうであれ、お主は真田の嫡男と結婚できるのだぞ!」
「いけません!
いけません、父上……!」
イナは泣きながら首を振った。
「政略のために、信幸様の御心を無視して結ばれることは
信幸様にとって不幸なことです。
信幸様にはたくさんお世話になったのに、
その恩を仇で返すようなことはしたくない」
「お前のように美しく、優しくて気立も良い娘を気にいらぬ男などおらん!
お前が仇となるようなことがあろうか!」
「ですから——私は妹のようであると、はっきり言われたと申しておりますでしょう!?
私では信幸様の御心を満たすことはできないのです……!」
イナは必死に、信幸は自分に気がないのだということを説いたが、
忠勝もまた必死に食い下がった。
やっと娘が俗世に戻って来てくれるかもしれない、というチャンスを逃すまいと
忠勝はどうにかして信幸との結婚を成立させることを心に誓った。
——イナが、信幸の心を無視してまで結婚することは望んでいないことを繰り返し告げると、
忠勝はようやく「わかった」と口にした。
「もう、よく分かった、イナ。
これ以上お前のことを説得しようとはせぬ」
「……っ、は……ぃ」
イナが泣きながら頷くと、忠勝は
「今日はもう、帰るぞ」
と言い、イナが泣き止むのを待って下山して行った。
忠勝が帰った後、イナは一人苦悶の表情を浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!