153人が本棚に入れています
本棚に追加
——こうして互いの意志が固いことを確かめ合った二人は、
祝言を挙げるために山を降りた。
イナの髪は肩までに短く切り揃えられていたが、
信幸は気にしないと言い、短い髪を結い上げて式をすることとなった。
——祝言は、本多家の屋敷で執り行われた。
武家として名のある本多家は、国衆である真田家よりも格が高いことと
嫁いだ後は簡単には実家に顔を出すことも叶わなくなることから
忠勝の要望で三河の地で行うことにしたのである。
式には、真田側の親族として幸村一人が出席した。
父である昌幸は、かつて戦った徳川家康のことを快く思っておらず
家康の忠臣である忠勝のことも好いてはいなかった。
好いてはいなかったのだが、自身の仕える豊臣秀吉が
徳川と和睦し交流を持つことを強く勧めてきたため、縁談を退けることはしなかった。
昌幸はせめてもの抵抗なのか、
はたまた真田ではなく本多家で式を挙げることが気に食わないのか
忠勝や徳川の縁者たちと顔を合わせたくないためか、
祝言の席には参加しなかったのである。
それは他の真田の親族や古参の家臣も同様だった。
幸村だけは
「真田側が誰も居ないのでは兄上の面目が潰れてしまう」
と言って馳せ参じたものの、
やはり徳川方の娘との結婚を快く思わないのか
祝言の間中、無言で酒を仰いでいた。
楽しそうにすることも、かといって嫌味を言ったりちょっかいをかけることもなく
ただ黙ってその場に出席していた。
三年前よりも背が伸び、体格もがっしりと成長した姿は
すらりと華奢な信幸に対し、むしろ幸村の方が齢を重ねているように見える変貌ぶりだった。
手には槍を握った時にできるタコがたくさん出来ており、
この三年間で武芸に身を投じてきたのであろうことは
そのいで立ちからもひと目で感じ取ったイナだったが、
幸村からは話しかけて欲しくなさそうな空気が漂っていたため声を掛けることはしなかった。
——幸村とは喧嘩ばかりしていたから、
私が親族になることを好ましく思ってないんだろうな。
それでも、式に出てくれたのは……
信幸様のためなのだろう。
イナは、少し申し訳なさを感じたが、
ふと隣に座る信幸の顔を見て、そんな思いはすぐに消し飛んだ。
三年間、思い焦がれた人がすぐ側にいる。
それも、自分の生涯の伴侶として
これから一緒に人生を歩んで行こうとしているのだ。
イナは、再会した当初こそ戸惑いが大部分を占めていたが
今では喜びをいっぱいに噛み締めていた。
——その後信幸らと共に真田家への帰還を果たし、
衝撃の事実を知らされることとなる、その時までは——
最初のコメントを投稿しよう!